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両手いっぱいの〇〇 第169話
翌朝、由羅は一見普段通りだった。
「なるべく早く帰って来るようにはするが、遅くなりそうならまた連絡する」
「わかった。いってらっしゃい」
「……いってきます」
由羅は朝食を食べると急いで仕事に行ってしまったので、結局お互い昨夜のことについては触れる暇もなかった。
でも今までもこういうことはよくあったし……
と思って、オレはひとまず気にしないことにした。
***
「綾乃、莉玖は寝たのか?」
「ん?うん、もう寝たと思う」
由羅が帰って来るのが少し遅かったので、莉玖を迎えに行くと一路 たちはもう眠っていた。
オレと遊ぶと言ってだいぶ粘っていたらしいが、睡魔には勝てなかったようだ。
莉玖も寝ていたのだが、車に乗ると目が覚めてしまい、帰宅後もしばらくテンションが高かった。
なんとか落ち着かせてようやく眠ってくれたところだ。
「じゃあ、ちょっとこっちに来てくれないか」
「なんだ?」
由羅がベッドの上に数枚の紙を並べた。
「これなに?」
「空き物件のチラシだ」
オレでもそれくらい見ればわかるわっ!!
オレが聞いてんのはそういうことじゃなくて……
「一応セキュリティや築年数を見て良さそうなのを選んである。私としては、この物件が……」
選んで?
「ちょ、え、待って!どういうことだ!?」
「何がだ?」
「空き物件って……え、これって……」
「お前の家探しだ」
「オレの?なんで急に……」
だってお前、昨日はずっとここにいて欲しいみたいなこと言ってたじゃねぇかっ!
昨日は……あ、もしかして……
オレが、恋人でもないのにキスとかするのは嫌だって言ったから……?
だったら出ていけってことか!?
「クビならクビって言えばいいじゃねぇか!!」
このまま放りだしたら後味が悪いから、わざわざ次に住むところまで探してくれてるってわけ!?
「シッ!声が大きい!莉玖が起きる」
「もごっ!」
オレが興奮して思わず大きい声を出したので、由羅が慌ててオレの口を塞いだ。
「ごめん……でもっ!」
「お前の部屋で話すか」
由羅に促されて、オレたちは部屋を移動した。
「由羅!ちゃんと言えよ!なんで誤魔化すんだよ!?」
オレは自分の部屋に入るなり由羅に怒鳴った。
だって、こんなの納得できねぇよ!!
「だから、クビだなんて言ってないだろう!?よく見ろ!全部うちの近くで綾乃が通いやすい距離の物件だ!」
オレの勢いにつられて、由羅も若干声を荒げた。
「へ?通い……?」
ってことは……
「クビじゃねぇの?」
「クビにするなんて一言も言ってない!!誤魔化してもいない!!」
「だって……」
「自転車でならだいたい10分~20分程度の距離だ。綾乃ならもっと早いかもしれないな」
「ん?10分……?」
それはたしかに近い……でも……
オレはチラシを手に取ってマジマジと見た。
やっぱり……!
「どれも家賃高すぎ!こんなのオレ無理ですけど!?」
だいたい、オレがなかなか次の家を探せないのは、この家の周辺には高い物件しかないからだ。
以前住んでいたような激安の今にも壊れそうなボロアパートなんてひとつも見当たらない。
建っているのは立派な一戸建てか、オシャレなマンションだ。
由羅が選んだ物件も、全部マンションの一室だ。
一応1LDKの賃貸とは書いてあるけど……
……ひとり暮らしには広すぎじゃねぇか?
前に住んでたとこなんてめちゃくちゃ狭かったぞ!?
「家賃、光熱費は私が出す」
「……は?」
「と言ったらたぶん綾乃は聞かないだろうから、綾乃は3割負担でどうだ?」
そりゃまぁ、3割なら払えなくは……っていうか、
「何でそんなにまでして……オレを追い出したいんだ?」
「追い出したい?バカ言うな!追い出したい人間にわざわざこんなことをするか!それこそクビにすればいいだけの話しだ」
「それはそうだけど……」
だったらどうして……
「綾乃がうちにいると、どうしても綾乃に甘えてしまうからな。残業も休日もあやふやだ。綾乃はうちに来てからほとんど休めていないだろう?」
「そうでもないけど?お前はちゃんと休日くれてるし……」
「だが、その休日もうちの買い物や掃除をしてくれているだろう?」
「え?ま、まぁ……どうせ暇だし……」
「休日は本来ならうちのこと など何もする必要はないんだ。綾乃は好きなことをして一日過ごせばいい。それにひとり暮らしをすれば幼馴染たちとも会いやすいだろう?」
う~ん……休日に掃除したり買い物したりするのは別に仕事だと思ってねぇんだけどな……
一緒に住んでるからオレにとっても自分の家の掃除をしているようなもんだし、買い物だって自分にとっても必要なことだから……
だって、家事って結局、人数が増えれば量が増えるだけで、一人だろうが、三人だろうが、基本的な内容は変わらねぇんだよな。
「……オレがひとり暮らししたら、莉玖はどうすんだよ?そりゃ、オレだって、いつまでもここに住まわせてもらうわけにはいかねぇと思ってたけど……莉玖のパパイヤが落ち着いてからじゃねぇと……」
「それは大丈夫だ。綾乃がこの家にいないとわかれば、莉玖もそのうちに諦めて寝るだろう」
それはそうかもしれないけど……でもお前が大変なんじゃねぇの?
「私の子どもなんだから、私が何とかする。莉玖も私も綾乃に頼りすぎなんだ」
「頼りすぎって……」
それがオレの仕事だし……それに莉玖の面倒みるのは楽しいし……
今までも由羅はオレの待遇についていろいろと気遣ってくれていた。
でも、気遣いつつもそれでもこの家に一緒にいて欲しいと言っていた。
由羅が一体何を考えているのかわからない。
オレをクビにするつもりはないけど、もう一緒に住むのはイヤになったってことかな……?
やっぱり昨日のが原因……だよなぁ……?
いずれはここを出ていくつもりだったけど、いざ由羅に出ていけと言われると、急に突き放されたような気持ちになって……なんだか胸がぎゅっとなった。
なんなんだよもうっ!!
***
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