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両手いっぱいの〇〇 第170話

「綾乃ちゃん、一体何がどうなってるの!?けんかでもした?」 「オレにもよくワカリマセン」 「……え?響一の家を出たんでしょう?」 「オレが出たくて出たわけじゃ……」  オレは問い詰めてくる杏里の圧に耐えかねて顔を逸らした。 ***  ――あの日、とにかく由羅がオレを追い出したがっていることはわかったので、オレは由羅の言う通りに物件を探すことにした。  家賃は由羅が半額以上出してくれるらしい。  最初はなぜ由羅が払うのかわからなかったが、「ただの住宅手当だ。この場合はどちらかと言うと社員寮みたいなものかな……?まぁ、通勤手当とかと同じで福利厚生の一環だ」と言われて、普通の企業?と言うものに就職したことがないオレは、そういうものなのかな?とひとまず納得した。  ただ、由羅のピックアップした物件は普段ならオレには手の届かないものばかりで、部屋の様子とか設備とか全然想像ができない……  どうせ家賃をほとんど出すのは由羅だから、と丸投げしたところ、由羅は驚きの速さで物件を決めてきた。  一番由羅家に近いマンションだったが、家賃も一番高い。  由羅は、「近い方が通いやすいだろうし、セキュリティも一番しっかりしているし……」といろいろ理由を挙げていたが……ちょっと一言いいですか?  オレが住むんだから、そんなにセキュリティにこだわらなくてもいいと思うぞ!?  だって、オレが前に住んでたところなんて、セキュリティの“セ”の字もなかったし、なんなら窓の鍵壊れてたし!?  ……そもそも、家に入られて盗られるようなものもねぇし……  むしろ、泥棒が同情してくれるレベルだと思う。  ……自分で言っててなんか虚しくなってきたな……  引っ越しの際、由羅は必要な家具や家電は自分で選んだ方がいいだろうからと二日休みをくれたのだが……買わなきゃいけない物なんてほとんどなかった。  だって、オレ基本的に由羅の家にいるんだから、そこには寝に帰るだけだし?  食事も風呂も洗濯も、由羅家で済ませていいと言ってくれているので、洗濯機も冷蔵庫も調理器具もいらない。  食器も、コップが一つくらいあった方がいいかなとは思うけど、休みの日はコンビニで済ませればいいんだし、お箸やスプーンはその時に一回貰っておけば後は洗って使えるし……  別に布団があればベッドなんて必要ないし、クローゼットもあるし……冷暖房はなくてもどうにか気合で乗り切れる!!  つまり、布団と細々とした日用品くらいしか買う必要がなかったのだ……    まぁ、そんなわけで、約一週間後には、オレは布団一式と僅かな自分の持ち物を詰め込んだリュックを背負って由羅が決めた物件に引っ越していた。 *** 「――じゃあ、綾乃ちゃんがあの家を飛び出したんじゃなくて、響一が追い出したの!?」  事の経緯を知った杏里が、驚きの声をあげた。 「……まぁ、そうです……かね?」  追い出された……  由羅は、オレを気遣っているような言い方をしていたけれど、実質追い出されたのと同じだ。 「でも、オレのせいだし……オレが、由羅の恋愛観に合わせた恋愛関係は無理だ……って言ったから……クビにはしないけど、もう一緒に住む意味はないってことだと思います」  たぶん由羅がオレと一緒に住みたいと言っていたのは、その方が由羅が好きな時にオレにキスをしたり抱きついてきたりしやすいからってことだ……  をさせてくれない、ただの家政夫兼ベビーシッターのオレとは、一緒に住む価値など何もない。  だから、オレに家を出るように持ち掛けたんだろう。 「そんなことはないと思うけど……でも、莉玖は響一だけで大丈夫なの?」 「さあ?オレは家を出て以降、由羅が帰宅するなり「もういいからさっさと帰れ」ってすぐに追い出されるから……帰る時も朝来た時も、莉玖は大号泣してますけどね」 「あらまぁ……」  どう考えても、全然大丈夫じゃないと思う。  オレが家を出た翌日から、由羅は明らかに寝不足の顔をしているし、疲労困憊の様子だ。  莉玖も寝不足とストレスのせいか不安定で、よくぐずっている。  そりゃたしかに、一緒に住む前は、オレは由羅が帰宅したらすぐに莉玖を渡してたよ?  でも、そこから風呂を掃除したり、由羅の夕食を用意したり、いろいろしてから帰っていたし、何よりその頃はまだパパイヤ期じゃなかったから、由羅でも寝かしつけることが出来た。  今は由羅が夕食を食べている間待つこともない。  一応作って置いておくと、翌日にはキレイになくなっているので、由羅が自分で温めて食べている……と思う。  たぶん、莉玖がなかなか寝ないだろうから、由羅が食事や入浴を出来るのは真夜中になってからのはずだ。  でも、オレがいくら「莉玖を寝かしつけてから帰る」と言っても、「大丈夫だ」の一点張りなのだ。  それに、休日は「朝から姉の家に莉玖を連れて行くから、一日中いないぞ」と暗に「家に来ても誰もいないから来るな」と言ってきた。    そんな状態なので、オレは引っ越してから、由羅とはほとんど会話という会話をしていない。  事務的な必要最小限の会話で、莉玖のその日のことについては毎日のノートでチェックしているらしい。  莉玖のことはオレの口から直接聞きたいとか言っていたクセに!!  そんなにオレと顔合わせたくねぇのかな…… ***

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