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両手いっぱいの〇〇 第178話

 病院に着くと、莉玖はひとまずサチコに預けた。  サチコは杏里の家のベテランのお手伝いさんで、莉玖もよく懐いているので安心だ。  由羅の状態がわからない以上、あまり幼い子どもを病院内に連れて行かない方がいいだろうという杏里の配慮だった。  たしかにその通りだ。   ***  由羅は点滴を受けているということだった。  教えてもらった部屋に向かっていると、何やら(わめ)き声が聞こえて来た。  近付いて行くと、その声が聞き慣れた由羅の声だということに気付いて、杏里と顔を見合わせた。 「もしかして……響一かしら……」 「もしかしなくても……由羅ですね」  二人揃って眉を上げて頬を引きつらせて笑うと、急ぎ足でその部屋に飛び込んだ。 「もう大丈夫だ!外してくれ!帰らなければ……」 「まだ点滴は終わっていませんよ!落ち着いて下さい!」 「早く帰らないと、莉玖と綾乃が待ってるんだ!」 「はいはい、ご家族にも連絡してますからね。大丈夫ですよ」 「そうじゃなくてっ……」  点滴をむしり取ろうとする由羅を、看護師が宥めていた。 「ちょっと、響一っ!何やってるの!」 「え……?綾乃……」 「あぁほら、綾乃さんと莉玖くん来て下さったじゃないですか。良かったですね!」  隣で宥めていた看護師が、オレと杏里を見てホッとした顔をした。  これで少しは大人しくなるだろうと思ったらしい。  オレは大股で由羅に近寄った。 「綾乃……」 「え!?こちらが綾乃さんですか!?」  由羅がオレを綾乃と呼んだので、看護師が驚いた顔でオレと由羅を交互に見た。  恐らく名前からオレを莉玖、杏里を綾乃だと勘違いしたらしい。  名前だけで女性に間違われるのは慣れているので、それは別にいい。 「こいつが倒れた原因は何ですか?」 「え?あ、えっと、過労ですね。睡眠不足と働きすぎによる……」 「なるほど……じゃあ、別に何かの病気とかじゃないんですよね?」 「病気……ではないですが……」 「よし、由羅……歯食いしばれ!」 「え……!?綾……っ!?」  オレは思いっきり……よりは少し手加減して由羅の頬を平手打ちした。  病室内にパァンと小気味好い音が響く。  拳じゃないだけ優しいと思えっ!!  それからオレは驚いた顔で固まる由羅の胸倉を掴んだ。 「なぁ由羅……お前……何やってんの?オレ言ったよな?お前が倒れたら……莉玖も、会社も、みんなが困るんだぞって……無理すんなって言ったよな?……ちゃんと食って、ちゃんと寝ろって……何で倒れてんだよ……?何でっ……オレがいるのに……っ……」 「……すまない」 「……っざけんなよっ!……オレは一体何なんだよっ!?……そんなにオレに頼りたくねぇの!?そんなにオレと話すのがイヤか!?そんなに……っ……」  由羅の体調が悪いことに気が付かなかった……いや、本当は気が付いていたのに、自分のことで精一杯で、由羅に向き合うのを先延ばしにして……結局一ヶ月も由羅に無理をさせてしまっていた自分の無能さに腹が立って……  だけど、そんなにキツイのにそれでもオレに頼ろうとはしなかった由羅にも腹が立って……  だからこれは悔し涙っていうか、怒りの涙っていうか…… 「そうじゃないっ!綾乃!そうじゃなくて……」  由羅の胸倉を掴んでいたオレを由羅が片腕で抱き寄せた。 「すまない……泣かせるつもりはなかったんだ……」 「泣いて……ねぇしっ!!」 「そうか?」 「っせぇなっ!……オレは怒ってんだよっ!」 「そうだな……すまん……」  久々に抱きしめられた由羅の腕の中が、思っていた以上に心地よくて安心している自分に戸惑いつつ……よくわからない感情に涙が止まらなかった。  由羅はオレが落ち着くまでずっと抱きしめて、背中を撫でていた。  気が付くと、看護師も杏里もいなくなっていて、病室には二人だけになっていた。   ***

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