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両手いっぱいの〇〇 第179話

――っつーわけで、お前しばらく入院な」  ようやく落ち着いたオレは、服の袖で顔を拭いながら由羅に言い放った。 「何を言っているんだ?私はもう大丈夫だ。家に帰る!」 「だまらっしゃい!過労も睡眠不足も甘くみるんじゃねぇよ!それで年間何人が亡くなってると思ってんだ!」 「何人だ?」 「えっ!?……えっと……い、いっぱい……?」 「あやふやだな」 「っせぇな!でも、実際亡くなってる人がいるのは確かだし……」 「綾乃ちゃんの言う通りよ!」  由羅に揚げ足を取られてちょっと勢いが弱まったオレを、杏里がすかさず援護してくれた。  いつの間に戻って来たのか、入口で腰に手を当て仁王立ちをしている杏里に由羅がちょっと顔をしかめる。 「姉さん……」 「先生に話を聞いて来たわ。響一……あなた倒れて運ばれたのはこれが初めてじゃないんですって?」 「えっ!?杏里さん、それってどういう……」 「姉さんっ!!それは……」  由羅が若干焦った顔で杏里の言葉を遮ろうとした。   「今月二回目なんですってね」 「二回!?」  杏里の話しだと、一回目は一週間ほど前で、すぐに意識が戻ったので点滴だけしてまた仕事に戻ったのだとか。 「由羅……?それは一体どういうことだ?」  そんな話……オレ全然聞いてねぇぞ!? 「私もさっき先生に聞いて初めて知ったわ」 「前回は少し眩暈がしただけなのを部下が大袈裟に騒いだだけだ」  眩暈……?それって……  オレが家を出る前にもたしか…… 「だいたいね、響一は普段から働きすぎなのよ!昔から仕事人間で休養するのが下手なのよね……でも、あなたもそろそろ無理が出来ない年齢になってきてるんだから、いい加減適度に休養することを覚えなさい!先生にも数日間は安静にって言われたから、今日はこのまま入院ね」 「姉さん!安静にするだけなら家でもいいだろう!?私が帰らないと莉玖や会社が……」 「響一……“安静”という言葉の意味を辞書で調べてごらんなさい?」  杏里が器用に片眉だけをキュッと顰めた。 「それくらい調べなくても知っている!」 「だったら、家では安静に出来ないことくらいわかっているでしょう!?」 「それは……だが、私が帰らないと莉玖が……」 「莉玖のことなら大丈夫です!私もいるし、綾乃ちゃんだっている!つべこべ言わずに2~3日大人しくしてなさい!!」 「姉さん……綾乃はもう住み込みじゃないし、勤務時間は基本的に20時までなんだ。だから……」  杏里の迫力に若干押されながら、由羅が反論を続けた。 「オレは別に泊まり込んでも構わねぇよ」 「綾乃!?」 「どうせ今の家には寝に帰ってるだけなんだし、由羅の家で寝るのも変わんねぇから」 「だが、それだと綾乃が過労になるだろう!?ただでさえ……」  なんでこいつオレの過労は心配できるのに、自分の過労は心配しねぇんだ? 「オレは過労になるほど寝る間を惜しんで働いてはねぇよ!そりゃ莉玖の面倒を見ながら掃除、洗濯、料理をするのは大変だし、仕事中は気を抜けないっていうのは由羅と同じだけど……」  オレなら莉玖もそんなにぐずらずに寝てくれるし、由羅が家事は出来る範囲でいいって言ってくれたから、無理な時は適度にサボってるし、持ち帰りの仕事なんかねぇから、飯も風呂も莉玖と一緒にすませておけば、夜は莉玖と一緒に寝れるし……  それに何より莉玖には莉奈っていう心強いベビーアラームが憑いてるからな…… 「そうよ。それに、夜が心配だっていうのなら、響一が入院している間、綾乃ちゃんと莉玖はうちに来てくれてもいいしね」 「いや、それなら、莉玖だけを姉さんに頼みます」  由羅の言葉に、一瞬カチンときた。  なんだそれ……オレは必要ないってか……? 「そうすれば綾乃はその間休めるし……」 「オレは別に休みが欲しいなんて言った覚えねぇけど?」  実際、この一ヶ月は由羅が帰宅すると強制的にさっさと追い出されているせいで、夜が長い。  することがなくて、余計なことまで考えて、何も解決できなくて……でもそれで不眠というわけでもなく、考えている間に寝落ちしていることが多いので、由羅と違って睡眠時間は足りている。   「莉玖を預かるのはいいけど、だったら綾乃ちゃんも一緒に来て貰うわよ?だって、うちの子たちが綾乃ちゃんに会いたがってるし、私もうちの子たちと莉玖5人をみるのは大変……あ、わかったわ!そうね!そうそう!いいわ、莉玖はうちでみます!」 「杏里さん!?でも、それだと杏里さんが大変で……」  いや、別にそんなに大変ではないか……?  今までも杏里に莉玖を預かってもらうことはあったんだし……  だから、オレは……無理に莉玖について行かなくてもいいんだ…… 「そうよ。莉玖のことは心配しなくても大丈夫。だから、綾乃ちゃんはこのおバカな弟をお願い」 「……へ?」 「姉さん?」  杏里の言葉に、由羅とオレは二人揃って目を丸くした。 「誰かが監視してないと、またさっきみたいに「帰る~!」って駄々をこねて看護師さんたちに迷惑をかけるかもしれないわ。入院中大人しくしているよう綾乃ちゃんに監視してもらいましょう!」 「「えええっ!?」」 「二人とも、文句はないわよね?」  杏里が有無を言わせない笑顔でオレたちを見た。 「え、ちょ……姉さ……」 「文句は!ない!わよね!?」 「……はぃ……」  監視ってどういうことだ?  オレ一体何すればいいの? 「毎日朝から夕方まで響一の傍についていてくれればいいのよ。よろしくね、綾乃ちゃん」 「あ……はい!」  よくわからんが、杏里には逆らわない方がいい。  オレは素直に頷いた。 ***

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