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両手いっぱいの〇〇 第181話
「とりあえず、杏里さんにも聞いて必要そうなものは持って来たけど、他に足りないものあるか?」
「いや、大丈夫だ」
由羅が荷物を漁りつつ返事をする。
「そか……ならいいけど……あの、足りないものがあれば明日持って……」
「綾乃……大丈夫だから、ちょっと落ち着いて座れ」
室内をウロウロしているオレに、由羅がため息を吐きつつ椅子を指差した。
「え!?いや、俺は別に……」
「一日中私についているのだろう?ずっと立っているつもりか?」
ですよね~!!
「はい……」
渋々、ベッドの横にある椅子に腰かけた。
「……」
何ですかこの沈黙は!!
座れっつったんだから、何か話せよおおおお!?
今朝お見舞いに来ると、由羅は個室に移っていた。
昨夜の部屋も由羅一人だったが、数日でも入院するなら個室に変えて欲しいとお願いしたのだとか。
だから、他の人に気を使う必要がないのはいいのだけれど、逆に言えば、由羅と二人っきりなわけで……
うん、気まずい。
それに、由羅には「働きすぎだから休養のために2~3日入院しなさい」と杏里が言い付けていたけれど、実際は検査入院だ。
過労によるストレスや睡眠不足のせいで、眩暈や頭痛、心筋梗塞の前兆と思われる症状も出ていたので、この機会にいろいろと検査をしてしまおうということらしい。
部下の話しでは、会社では毎年健康診断をしているが、由羅は忙しさのせいで一日かけての人間ドックは受けられず、簡単な健診しか受けていなかったのだとか。
本人は喫煙もしていないし、飲酒も気を付けているので大丈夫だと思っているらしいが、そもそもオレが来るまでの食生活は結構偏っていたし、何よりストレスがスゴイ。
労働時間も長いし、不規則だし……
どう考えても健康的な生活とは程遠い。
なんでこれで自分が健康だと思っているのかが謎すぎる。
どこから来るんだその自信は……!?
ただ、本人は検査入院だということは知らない。
ので……
「はい、それじゃ由羅さん、検査に行きましょうか」
迎えに来た看護師に、由羅が戸惑った顔をする。
「検査?どういうことですか?2~3日安静にって……」
由羅がオレと看護師を交互に見た。
「ですから……」
「せっかく入院してるんだから、ついでにあっちこっち調べてもらえ。異常が見つからなければそれでいいし、もし異常があるならさっさと治さなきゃダメだろ?ほら、つべこべ言わずに行ってこい!」
「綾乃!?知っていたのか!?」
「はいはい、うるさいぞ。他の人に迷惑だろ!すみません、お願いしま~す!」
オレは恨みがましい目でオレを見て来る由羅をスルーして、看護師に頭を下げた。
由羅に検査入院だということを黙っていろと言ったのは、杏里だ。
由羅は基本的に病院が嫌いなのだとか。
これも祖父の影響らしいが、子どもの頃、これまた病院嫌いな祖父が「病院に行くと余計に具合が悪くなる。風邪もケガも自然治癒が一番だ」と言って、いくら熱があっても病院に行くのも市販薬を飲むのも禁止されていたのだとか。さすがに40度を超えた時には祖父の目を盗んで祖母が病院に連れて行ってくれたらしいが、後でバレて祖母が怒られてしまったらしい。
ちなみに、そんな祖父は現在、腰痛やら高血圧やらで薬に、病院に、お世話になりっぱなしだという……
え、ちょっとじいさんの頭をハリセンで叩 いてもいいかな?
ただ、オレは以前由羅に「莉玖が熱を出した」と連絡した時「病院には連れて行ったのか?」と心配していたくらいなので、まさか由羅が病院嫌いだとは思わなかった……
由羅もさすがに大きくなるにつれて医療の偉大さは理解して、祖父の言っていることが間違っていると気付いたらしい。
そのため祖父のように他人にも強要することはないが、子どもの頃の刷り込みのせいで本人が病院嫌いなことは変わらないので、病院に行きたがらないという。
***
検査から戻って来た由羅は、「帰る」と言い出した。
杏里がオレに由羅の付き添いをするようにと言ったのは、検査入院だと気付いた時にまた由羅が「帰る」と言い出すとわかっていたからなのだろう。
うん、つまりオレは体よく押し付けられたってことだな……
「はいはい、響一くんよく頑張ったね~!今日の検査はもう終わりだから、また明日も頑張ろうね~!」
オレは由羅の「帰る」をスルーして、ちょっと冗談めかして由羅の頭をポンポンと撫でた。
「綾乃……撫でるならちゃんと撫でろ」
しかめっ面のでっかい子どもが文句を言ってきた。
「注文が多いな、おい」
「姉さんと二人して騙したくせに」
「ごめんって。でも、黙ってろって言ったのは杏里さんだぞ?お前が逆らえないのに、オレが杏里さんに逆らえるわけねぇだろ」
「それはそうだが……」
「でもまぁ、冗談抜きでさ、過労によるストレスとか睡眠不足でも、脳梗塞とか、心筋梗塞とかを発症する場合があるらしいし……本当に莉玖たちのことを考えるならもうちょっと……自分を大事にしてくれよ」
「……そうだな。すまない」
ようやく由羅が納得した。
さすが、莉玖効果は絶大だな。
「……ところで、もういいか?」
由羅の顔を覗き込んで、目の前で撫でていた手をひらひらと動かす。
「もうちょっと……」
「はいはい……」
オレは苦笑しつつ由羅の頭をしばらく撫で続けた。
どうやら、由羅が入院中のオレの仕事は主にこれになりそうだ。
***
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