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両手いっぱいの〇〇 第182話

――……綾乃?」  由羅の声に顔を上げる。 「ん?あぁ、おはよ」 「すまない、どれくらい寝ていた?」  由羅がベッドを起こしつつ時計を見た。 「ん~、1時間くらいかな?っていうか、安静にするために入院してるんだから、別に寝てていいぞ?むしろ寝ろ」  慣れない検査と入院というダブルパンチに疲れたのか、検査から戻って来た由羅はオレに頭を撫でろと要求しておいて寝落ちしていた。  でもまぁ、オレは由羅を安静にさせるために付き添っているので、寝てくれる方がいい。 「だが、綾乃がいるのに……」 「オレはオレですることはいっぱいあるから、お気になさらず」  オレは持っていたメモ帳を軽く振って見せた。 「……それは何をしていたんだ?」 「ん~?今月は莉玖と何を作ろうかなと思って……」 「制作か?」 「うん、6月の制作。時計とか、アジサイとか……」    保育園では年間から日間まで年齢ごとに大量の保育案を立てるが、今は由羅にわざわざそこまでしなくてもいいと言われているので立てていない。  とは言え、何も考えずに保育をしていけるわけではない。  急に杏里が来たり、天気予報が外れたりして予定が崩れることはあるのできっちりと決めることはないが、これでも毎週ある程度の保育案は立てているのだ。  制作をする時は、事前の準備も必要だし、どの部分を莉玖と一緒にして、どこまでをオレが用意しておくかなど……莉玖の成長具合に合わせてちゃんと遊びの内容も考えている。  今は、6月の制作として莉玖と何を作ろうか、作るには何の材料が必要かを書き出していたのだ。 「……5月も……こいのぼりやかぶとを作ってくれたみたいだな」 「一応、壁に飾ってはあったんだけどな。見る暇あったか?」  4月から5月の頭にかけて、こいのぼりやかぶとを作って飾っておいた。  だが、4月にオレが引っ越してからは莉玖のことについては連絡ノートで報告するだけで、ゆっくりと莉玖の成長について話す機会がなかった。  だから、由羅が飾りを見たのかはわからない。  ゴールデンウィークが過ぎたので、こいのぼりなどの飾りは数日前に外したところだ。  今まで莉玖が作って来た制作物は、平面の物は3月にまとめてアルバムみたいにしてやろうと思って部屋の隅にまとめて置かせて貰っている。   「あぁ……見たよ。上手に作っていたな」 「だろ?こいのぼりのうろこは、莉玖が自分で選んで貼ったんだ。適当に取ったって思われるかもしれねぇけど、莉玖は意外とこだわってたみたいだぞ?」 「莉玖が選んだのか?」 「貼る場所も自分で考えて貼ってた。オレが他のうろこを渡そうとしても、こっちがいいって譲らなかったから、結構あの柄は莉玖のこだわりがあるな」 「ほぅ……すごいな」  こいのぼりのうろこは、和柄の折り紙を切ってあるので、微妙に一枚ずつ模様が違う。  土台になるこいのぼりも、青、黄、赤の中から莉玖に好きに選ばせた。  色を選ばせるのは、視力や色覚を鍛えるためにもいい。  後は……生まれ持ったセンス?  莉玖は結構芸術肌かもしれない。   「でな?――」  莉玖の成長について話せるのは楽しい。  しばらく話せていなかった分、この一ヶ月だけでも莉玖にどれだけの成長があったか……  今までずっと由羅には口頭で報告していたので、この一ヶ月はオレにとっても結構ストレスだったのだ。  だって、文章だけだと書ききれないことも多いし、どうしても堅苦しい文章になってしまうし……  由羅も何も言わずに聞いてくれるので、気が付くと1時間くらいずっとオレがひとりで喋っていた。 「あ……ごめん……」 「何がだ?」 「いや、あの……オレばっかり喋りすぎた……」  ふと喉が渇いてお茶を飲みつつ時計を見て驚いた。  どんだけ喋ってんだ……   「別に構わん。莉玖のことを聞けるのは私も嬉しい。連絡ノートも読んではいたが、やはり綾乃に直接聞くのがいいな。莉玖の様子がよくわかる」 「そりゃまぁ……でも、今はお前は安静にしてなきゃだから……」 「私は安静にしているぞ?喋っているのはお前だけだ。私は聞いているだけだからな」  はい、そうですよね!! 「うるさくて悪かったな!!耳も休めてください。おやすみ」 「うるさいなんて言っていないだろう?もう眠くない。夜も消灯が早いから普段よりも睡眠時間が長いんだ。これ以上眠ると脳が溶ける」 「どんな脳してんだよ。それくらいで溶けねぇから安心しろ」  若干呆れつつ由羅の額を軽く弾いた。  その手を由羅がすかさず掴んできた。 「……もっと話してくれ」 「え?莉玖のこと?あ~……えっと……」 「莉玖のこともだが、綾乃のことでもいいぞ?この一ヶ月、何があった?」 「……オレ?」  何が?  この一ヶ月は……強制的に…… 「ひとり暮らしを始めただけですけど?」 「ひとり暮らしはどうだ?」 「どうって……別に……何も?」  由羅が何を言っているのかがわからない。  何が聞きたいんだ? 「うちにいる時よりもゆっくり出来ているのか?」  ゆっくりっつーか……暇っつーか……  あぁ、つまり…… 「……今のお前と同じですけど?」 「私と?」 「することがなくて脳みそが溶けそう」 「それくらいで溶けないんじゃなかったのか?」 「正確に言うと……考えすぎて頭が爆発しそう。オレの頭がアフロになったらお前のせいだからなっ!」 「どうしてアフロになるんだ……?」 「わからないならいいです……」  ははは、冗談が通じな~い。  オレは由羅の布団に顔を埋めた。  もうこいつホントやだ…… ***

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