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両手いっぱいの〇〇 第185話
「……ところで綾乃?リョウにキスされたってどういうことだ?」
「え?」
あれ、オレそんなことまで言った?
「あ~……えっと……」
「もしかして、一昨日か?」
「えっ!?何で知って……」
「やはりか……」
由羅が大きなため息を吐いた。
「一昨日の夜、あいつがうちに来たんだ。綾乃が帰った後だ」
「……え、リョウがっ!?」
***
一昨日突然由羅の家を訪れた亮は、玄関に入って来るなり由羅の胸倉を掴んだ。
そして……
「――俺のメイをこれ以上苦しめんのはやめろ!メイはな、子どもの時から自分がどれだけ痛い思いしても苦しくても俺らの前では泣かなかったんだよ。そのメイを泣かしやがって……」
「泣いた?綾乃が?」
「お前が嫌がらせしてんだろう!?家に住み込みで24時間労働させたり、急に追い出したり、メイに無理やりセクハラしたり……もうイヤだ、辞めたいって泣いてた」
「ちょっと待て。それは本当に綾乃が言っていたのか?」
「あ……当たり前だろ?」
「すまないが、本人から聞かないと信じられんな」
「メイが言ってたっつってんだろ!!辞めたいけど、メイは責任感が強いからお前の子どものことが心配でなかなか辞めるって言い出せねぇだけだ!」
「綾乃が本当にうちを辞めたいと思っているなら、私に止める権利はない。だが、私にとってもうちの子にとっても綾乃は大切な存在なんだ。綾乃が直接辞めたいと言ってくるまでは私は信じない」
「……んだよそれ!!お前は金持ちなんだから別にメイじゃなくても他にいくらでも家政婦なんて見つかるだろう?もしメイを脅すようなことをしたら許さねぇぞ!?」
「いくら金があっても、綾乃の代わりなど見つからない。だが、きみの言うように脅すようなことをするつもりもない」
「ほんとだな?嘘吐いたら俺が許さねぇからなっ!?――」
――そのようなことを言い捨てて帰っていったらしい。
***
「いやいやいやいや、待って!?オレ辞めたいとか言ってねぇし!?」
……っていうか、一昨日ってもしかして……うちを出た後に由羅の家に行ったってことか!?
あれ?なんであいつ由羅の家知ってんの?
あ、あのあたりで由羅って調べればわかるか……
「リョウはそう言っていたぞ?あぁ、それから『メイは俺のお嫁さんだ』とも……」
「それは子どもの頃の話しで……」
「だが、キスはされたんだな」
「あ……まぁ……それは……」
されましたけど……
「すでに嫌いだと宣言されている私には、到底勝ち目はないし、口出しをする権利もない。だから、あの家を出てあいつのところに行くというなら……好きにすればいいと言うしかないと思った」
「え、いや、だから別に嫌いじゃ……」
「そうだな。まだ完全に嫌われてはいないとわかって安心した。やはり綾乃から直接聞いて良かった」
由羅が少しホッとした顔で微笑んだ。
「綾乃の代わりがいないというのは、私にとっても莉玖にとっても綾乃は特別だからだ。ただのベビーシッターや家政夫として綾乃が必要だと言っているわけじゃない」
「由羅?」
「本当は、綾乃には恋愛的な意味で好きになってもらいたかったが……まぁそれは私の……自業自得でもあるからな。もう無理強いをする気はない。だが、これからも、なるべく綾乃が働きやすい環境にしていくように努力する。無理だけはしないようにして、綾乃がやりやすいようにしてくれればいい。莉玖の寝かしつけも……正直助かる……だから、あいつのところに行っても……仕事は辞めないで欲しい」
由羅が急にしょんぼりとうつむいた。
「いや、ちょっと待って?あのさ……なんでリョウのところに行くって話になってんの?オレはリョウのところに行く気はねぇよ!?」
「え?行かないのか?」
「え?行って欲しいの?」
「ほしくない!!」
由羅が食い気味に叫んだ。
「だが、リョウのことが好きなんじゃ……?」
「そりゃ好きだよ?大事な弟みたいなもんだし。大切な幼馴染だからな」
「そういう意味での“好き”なのか。じゃあ、あいつのところには……」
「別に行く気はねぇよ。あれはオレが泣いちまったからリョウがパニクって……」
「泣いたのは本当だったのか!?」
ガシッと由羅に肩を掴まれて、軽く揺さぶられる。
「え!?あ、えっと……いや、ほら、だから、さっき言っただろ?オレもいろいろ考えてたんだって!でも、オレただでさえバカだからさぁ、オレの頭じゃ処理しきれねぇの!!だからリョウに相談を……そしたら、その……何か話が変な方向に……」
「リョウに相談する前に私に相談すればいいだろう!?」
「お前が悩みの元凶なんだから、お前に相談できるわけねぇだろ!?」
「……それもそうか」
「お、おぅ……」
「……すまない、そんなに悩ませていたとは……」
「いや、オレも……なんかごめん……由羅の言う通りかもしれねぇ。もっと早い段階で由羅と話しておけば……良かったのかも……」
二人して項垂れて反省していると、廊下から晩飯の配膳の声が聞こえて来た。
「あ、もうそんな時間か……」
「それじゃあ、オレ……今日は帰る」
「……綾乃!」
「え?……っ!?」
立ち上がりかけたオレは、由羅に引き寄せられた。
よろめいたと思った時には由羅の上に倒れ込んでいて口唇が被さっていた。
何がどうなってこんな体勢になってんのオレ……
……じゃなくてなんでまたこいつにキスされてんの!!
「……っん、由羅っ!?何で……」
「イヤだったか?」
「え?」
「あいつと比べてどうだった?」
「あいつ……ってリョウ?」
「そうだ。明日までの宿題だ。考えてみてくれ」
宿題ぃいい!?
「なっ!?」
「由羅さ~ん、失礼します――」
「あ~っと、それじゃオレ帰りますね!!まままた明日来るからっ!!駄々こねて看護師さんに面倒かけんなよ!?あ、お世話になってます!あはは……」
どういうことなのか聞きたかったが、看護師が入って来たので慌てて起き上がって病室から飛び出した。
っていうか……
くそぉおおおおお!!由羅のバカぁあああああ!!
オレの悩みを増やすんじゃねぇよ!!!
***
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