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両手いっぱいの〇〇 第197話

「由羅~、寝るぞ!」 「え?」 「え?じゃねぇよ。風呂入ったんだろ?」 「あぁ、だが今日はまだ早いし、もう少ししてからでいいんじゃないか?少し仕事を……」  由羅が遠慮がちに時計を指差した。  それもそのはずで、今は夜の9時前。  まだ寝るには早い時間だ。  でも…… 「却下。だいたいなぁ、仕事を早く切り上げて帰って来ても持ち帰ってたら意味ねぇだろうがっ!!」 「それはそうだが……」 「今すぐ寝ないなら一緒に寝てやんねぇぞ」 「寝ますっ!」 「よし。ほら、いくぞ!」  由羅はオレがひとり暮らしをするようになってから、仕事を早めに切り上げて帰ってくるようになった。  胃潰瘍で倒れてからもそれは続いている。  早く帰って来るのはいい。  でも、仕事を持ち帰ってきているのであまり意味がない。  食事はオレが気を付けていることもあって何とかなっているが、仕事面ではすぐに無理をするので、とにかく帰宅して食事と風呂を済ませると、一度寝かしつけることにした。  先に眠った方が一日の疲れがよく取れるみたいで、翌朝の顔色が違う。  由羅は元々ショートスリーパーだし、早く寝た分、早く目が覚めるので、それから仕事をしている。  起きてから仕事をするのなら結局同じように思うが、疲れた状態で持ち帰りの仕事をするよりも、一度寝てちゃんと疲れを取ってからの方が頭の働きが良くなるので効率がいい。ような気がする!!たぶん!!  そして、ちゃんと寝ているかを確認するために、オレも一緒に寝ている。    初日は爆睡してしまったが、翌日からはオレも朝早くに起きて、前日やり残した片付けをするようになった。  そして、朝食を作りつつ、由羅がぐずる莉玖の着替えを済ませてリビングに連れてくるのを待っている。  オレが手を貸すのは簡単だけど、由羅の胃潰瘍が治ればオレはまたマンションからの通いに戻るわけだし、やっぱり変な期待を持たせるよりは由羅と二人っきりに慣れてもらう方がいいんじゃないかと思ったので、由羅に任せている。  莉玖がどれだけ懐いてくれても、オレは莉玖の母親にはなれない。  ただのベビーシッターだしな……  由羅はオレを好きだと言ってくれるし、オレも由羅のことは好きだけど……その先には何もない。  莉玖の父親は、家族は、由羅なんだから、二人で過ごす時間を大事にするべきだと思う。  それに、由羅も早寝することで朝余裕が出来たせいか、いくら「パパイヤ」と言われても頑張っているし、困った顔をしつつも少し楽しそうだ。   ***  由羅に胃潰瘍が見つかってから、およそ2か月程経った。  由羅に付き合って早寝早起きをするせいか、オレはすこぶる体調が良かった。  たぶん、今のオレは今までの人生の中で一番、健康的な生活をしている。  が…… 「由羅、そういや昨日って通院日じゃなかったか?病院行ったか?」  ベッドに横になったオレは、隣に寝転んだ由羅に小声で話しかけた。  オレに手を伸ばそうとしていた由羅が、一瞬ギクリと手を止める。 「ん?あぁ……」 「ホントに?」 「ちゃんと行ったぞ?」 「で?」 「ん?」 「結果は?」 「あ~……まぁまぁだな」 「まぁまぁじゃわかりません!良くなってるのか?」  由羅が適当に誤魔化そうとしたので、詰め寄った。 「……あぁ、まぁ、前回よりはだいぶ良くなっているらしい」 「そか……」  胃潰瘍自体はそんなに大きくないし、1か月くらいで治るだろうと言われていたのだが、由羅は自宅療養中も仕事をしていたし、治りきる前に仕事に復帰したせいか、結局仕事でのストレスや疲れから治りが悪いらしい。   「だが、綾乃が食事と睡眠を気を付けてくれているし、家でのストレスがないおかげでだいぶマシにはなっているんだぞ?」 「ならいいけどさ……」  一応オレもちょっとは役に立っているらしい。 「仕事の方もだいぶ落ち着いて来たから、来週からは持ち帰りもせずに済みそうだ」 「そか、それは良かった」  持ち帰りの仕事が減れば、仕事でのストレスも少しはマシになる……かな? 「んじゃ、おやすみ……」 「あぁ、おやすみ……」  由羅が息をするようにオレを抱きしめてきて、すぐに眠りに落ちた。  もう慣れたからいいけど……あれか?人肌が安心するってやつか?  まぁ……たしかに、あったかいし……安心す……る……――   ***

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