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両手いっぱいの〇〇 第198話

「莉玖~、おいでおいで~」 「あ~の!お~で~!」  少し離れたところにいる莉玖が、オレに向かって同じように「おいでおいで」と手招きをした。 「ん?いや、お前が来いってか?そりゃまぁ行ってもいいけど、おやつはこっちだぞ~?ほらほら、来ないなら綾乃が食っちまおうかな~……」  オレがおやつの入ったお皿を見せると、途端に莉玖が慌てた。 「まんまっ!!めっ!あ~の!めっ!」  莉玖が「食べちゃダメ!」と怒りながらあっという間にオレの足にしがみついてきた。  そのままオレの服にしがみついて上って来ようとする。 「ぅおっ、早っ!来れるじゃねぇか。凄いな莉玖~!」  お皿をテーブルに置いて、莉玖をベビーチェアに座らせ、食事用のエプロンをつける。 「まんまっ!!り~!まんま!」  興奮しておやつに手を伸ばそうと身体を乗り出してくる莉玖に苦笑する。 「わかったわかった、莉玖のおやつだもんな。はい、ちゃんと座って?おててを合わせて~?はい、いただきます」 「あちゅ!」  莉玖は、由羅が自宅療養している期間中にようやく歩き出した。  歩き始めるのには個人差があるとわかっているし、1歳6ヶ月検診の時にも「ハイハイや伝い歩きは出来ているし、骨格には異常はなさそうなので心配することはないだろう」と言われていたのであまり焦りはなかったが、やっぱり莉玖が歩いているのを見ると順調に成長しているんだなと安心する。  ハイハイの時期が長かったせいか、莉玖は結構筋肉質だ。  体重も身長も平均値だが、同じ体重の子に比べるとちょっとだけ細く見える。  ほっぺはむちむちで柔らかいので、しょっちゅう一路(いちろ)たちに揉まれている。   「莉玖、今日は杏里さんが一緒に遊ぼうって」 「あ~りぃ~?」 「うん、杏里さん家の庭でボール遊びさせてもらおうか!」 「ボー!」  歩き出してまだ1ヶ月程なので、足元が不安定で転びやすいため、まだあまり外は歩いていない。  杏里の家や公園に行った時に、転んでも大丈夫な芝生の上で歩く練習をしている。 「え~と、お出かけセットはこれでよし!と……後は、そうだ、靴!……小さっ!」  莉玖の靴を鞄に入れながら、この靴を買いに行った時に、あまりの小ささに由羅が「これは人形用じゃないのか?」と心配していたのを思い出して顔がほころんだ。  ファーストシューズは、いろいろと合わせてみて莉玖が一番嫌がらずに履いて歩いてくれた靴にした。  由羅は莉玖が歩き出したのが嬉しかったらしく、靴選びもノリノリで 「一足でいいのか?一色だと飽きないか?」  と何足も買おうとしたので、 「ちょっと落ち着け!足も身体と同じですぐにサイズが変わるから、同じサイズを何足も買っても意味がないんだよ!まだ歩き始めたばっかりなんだから、お出かけ出来るほど歩けないし、一緒に散歩できるくらいになった時にはもう足のサイズが変わってるよ!――」  と言い聞かせるのが大変だった。   「くっく!」 「うん、靴履いて遊ぼうな!あ、まだ履かないぞ?杏里さんの家でボール遊びする時に履くんだよ。ほら、綾乃もまだ靴履いてないだろ?」 「ありぃ~!こっ!こっ!」  早く杏里の家に行こう!とオレの服を引っ張って玄関を指差す莉玖を、まぁまぁ落ち着け、と宥める。 「杏里さんが来てくれるからもうちょっと待っ……あ、来たかな?」 「たっ!ありぃ~~!」 「あ、こらこら、ちょっと待て。誰か確認してから!――」  莉玖は、だいぶ言葉が出て来て、オレの言うことも少しずつ理解できるようになってきた。  いたずらもするようになってきて、都合の悪いことはわからないフリをしたり、聞こえないフリをしたりもする。  そういう時のとぼけた表情やちょっと悪い表情は、さりげなく写真を撮っておいて後で由羅に見せる。  「こういう表情もめちゃくちゃ可愛いが、この表情に負けてはいけません!ダメなことはダメとちゃんと教えるように!」と由羅には言っているが、写真を見る度にメロメロの顔で笑っているので……うん、たぶん由羅は叱れないな。  まぁ、無闇に怒鳴りつけたり手を出したりするよりはマシか……  かく言うオレも、写真を撮りつつ笑ってしまっているので、あまり由羅のことは言えないのだ。 『元気に笑顔いっぱいで育ってくれるなら、それだけで十分よ』  と、実の母親(莉奈)もメロメロだし、杏里も右に同じくなので、実は今莉玖の可愛さに負けずにいろいろとしつけてくれているのは一路たちだったりする。  押忍!一路兄さん、頼りにしてますっ!!   *** 「――ってなわけで、今日は杏里さんのところでいっぱい遊んできたよ」 「そうか、だいぶ靴にも慣れたんだな」 「うん、あの靴気に入ってるみたいだ」 「良かった」 「次いつ休みなんだ?天気が良ければ一緒に公園に行ってみるか?」 「そうだな、たぶん明後日は休めると思う」 「そか。了解」 「楽しみだな」  由羅がふっと口元をほころばせた。   ***

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