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両手いっぱいの〇〇 第200話
「あれ、あやせんせーだ」
「え?」
懐かしい呼び方をされて思わず視線を向けると、昨年オレが担任していたクラスの子がいた。
一瞬驚いたが、ここは親子連れには人気の場所なんだから知っている子たちに会ってもおかしくはない。
「お~、けんちゃんこんにちは~!」
条件反射で“けんちゃん”こと健太郎 に手を振る。
「やっぱり、あやせんせーだぁ!ほら、ママ、あやせんせーでしょ?」
嬉しそうにオレの顔を指差しながら隣にいた母親に話しかける。
「あら、本当ね。綾乃先生こんにちは!」
「あ、けんちゃんママこんにちは」
思わず背筋を伸ばして笑顔を作った。
保育園でもそうだが、保育園以外の場所で子どもや保護者に会うと、何となく反応に困る。
ましてやオレはもう……
「あやせんせー!!」
「え?お?ぅおっと……」
母親と挨拶を交わしていると、健太郎が勢いよく抱きついて……もとい、ぶつかって来た。
不意打ちに若干焦るが、片手を後ろについて何とか受け止める。
「ん~~~!けんちゃん、力強くなったんじゃないか?身体も大きくなったよな~!?」
「きゃはははっ!」
胡坐をかいた膝の上に健太郎を乗せてぎゅっと抱きしめると、健太郎もオレに抱きついて頭をグリグリと押しつけながら嬉しそうに笑った。
ははは、うん、マジで力強い……あ、ちょっとけんちゃん喉に頭突きは止めて~……
オレは笑いながらさりげなく健太郎の頭の位置をずらした。
「そうなんですよ~、一年でだいぶ大きくなって……良かったわね、健太郎!」
機嫌良くオレに抱きついている健太郎を見ながら母親が嬉しそうに答えた。
「そうみたいですね!去年よりもズシッと来ましたよ」
「ねぇねぇ、あやせんせーなにしてるの~?なんでここにいるの~?」
「ん?あやせんせーはね、今……あ゛」
そういえば、オレ今仕事中だった……
ハッとして由羅たちのいた方を見ると、由羅と莉玖の姿が消えていた。
「あれ?」
どこにいったんだ!?
由羅がいるから大丈夫だとは思うけど……
「あやせんせー?どうしたの~?」
「ん~?いやちょっとね~……あやせんせーは今ね……あ……っ!」
由羅たちを探しつつ健太郎に返事をしていると、水場とは別の方向からやってくる莉玖と由羅の姿が見えた。
良かった……って、えっ!?
莉玖は、初めて会った時と同じくらい……いやそれ以上のスピードでハイハイしながら突進してきていた。
そして、由羅は慌てる様子もなくのんびりとその莉玖を追いかけて来ていた。
「ちょ、待って、莉玖っ!?ストップストッ……ぅおわっ!?」
健太郎を膝の上からおろす前に、莉玖が健太郎の背中目がけて全力でぶつかってきた。
いくら莉玖はまだ小さいとは言え、全力で来られると……それなりに衝撃がある。
オレは思わずバランスを崩してそのまま後ろに倒れた。
まぁ、芝生の上だから、後ろに倒れてもケガはないんだけど。
「ぅ……っ!」
ケガはないけど……く、苦しいっ!!
年齢よりも大柄な健太郎が上に乗っているので、倒れた瞬間息が詰まった。
「いた~い!」
オレの胸の上で、健太郎が叫んだ。
健太郎は自分からはぶつかっていくが、他人にぶつかられることはあまりないので驚いたのだろう。
「あ~ごめんな、けんちゃん。大丈夫か?って、痛っ!?」
オレが寝転んだまま健太郎の背中を撫でていると、誰かに手を叩かれた。
誰かも何も、莉玖しかいない。
莉玖はオレの上に乗っている健太郎の背中をぺちぺちと叩いているらしい。
「あらら、先生大丈夫ですか?こらこら、叩いちゃだめよ~。お兄ちゃんも痛いからね。健太郎、そこにいると先生が苦しいからちょっとこっちにおいで。え~と、ぼくちゃんはどこから来たのかな~?……」
健太郎が胸の上に乗っているせいで身動きが取れないオレに代わって、健太郎の母親が莉玖を抱き上げてオレたちから引きはがしてくれた。
「やだぁああ!!あやせんせーいたいよぉおおっ!!」
「あ~大丈夫だよ~。どこが痛かった?背中か?よしよし、びっくりしたんだよな。痛かったね」
「ああああのおおおおおおおおっ!!」
オレに健太郎がしがみついているのを見て、莉玖が手足をバタバタさせつつ慌ててオレの名前を呼んだ。
ダブルで泣き叫んでいるので、もう二人とも何を言っているのかわからない状況に思わず笑えて来る。
ははは、あ~この感じ懐かしい……
「うちの子がすみません。莉玖、おいで」
健太郎の母親の腕の中で暴れまわる莉玖を、由羅が抱き上げた。
由羅遅いっ!!
何やってたんだよぉ~!
「え?あ、この子のパパですか?」
「はい。そしてそこで寝転んでいるのが……」
「あああああああのおおおおおお!!」
「ああ、はいはい、わかったから、莉玖。ちょっと待て。綾乃、大丈夫か?」
「え?ああ、うん。え~と、けんちゃん、ちょっとあやせんせーが起きるの手伝ってほしいな~。ほら、あやせんせーひとりじゃ起き上がれないから。ね?」
「ぅえ~~んっ!いた……え?おてつだい?わかった!ひっぱる?」
一体どんな大けがをしたのかと思うような大声で「痛い」と言って泣き喚いていた健太郎が、ピタリと泣き止んだ。
お?けんちゃんを泣き止ませるためのこの方法はまだ有効なんだな。良かった~!
「うん、手引っ張って~お願いしま~す!」
先に起き上がった健太郎に向かって手を伸ばすと、健太郎はその手を両手で掴んで思いっきり引っ張ってくれた。
「よいしょっ!」
「お~、けんちゃんさすがだね!力が強いからあやせんせーあっという間に起き上がれた!ありがとね」
「いいよ~。ぼくすごいでしょ~?」
「うんうん、すごいね~!……あ、えっと、けんちゃんママ、驚かせてしまってすみません。その子は今オレがベビーシッターをしている――」
オレは健太郎の頭を撫でてお礼を言いつつ、健太郎の母親に事情を説明した――……
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