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両手いっぱいの〇〇 第205話
「……よし、これでいいかな……」
明日のお弁当の下準備を済ませて冷蔵庫と冷凍庫に放り込んだオレはパンパンと手を叩いた。
由羅の胃潰瘍がほぼ完治し、期間限定の泊まり込みが終了して約一週間。
「由羅、もう寝るぞ……じゃなくて、えっと、もう寝ろよ!」
オレはエプロンを外しながら、パソコンを弄っていた由羅に声をかけた。
泊まり込んでいた時は朝早く起きてそれからお弁当の準備をしていたが、いくら近いとは言っても通ってくるとなると同じようにはいかない。
でも今のところ、こうやって前日に下準備をしておくことで、なんとか作れている。
今までは由羅が帰宅して食事と風呂を済ませるとすぐに寝かしつけていたが、オレが起きているせいで由羅も鍵を閉める必要があるから~……とか、適当な理由をつけて起きている。
オレが前日に準備をする分、由羅の寝る時間も遅くなっているのは少し困りものだ。
「ん、下準備は出来たのか?」
「うん、出来た。っつーか、スープ以外は晩飯の煮物と同じものだけど」
「そうか。今日の煮物もうまかった」
パソコンを閉じていた由羅の口元が綻んだ。
胃潰瘍の間はほとんどお粥や雑炊と野菜がトロトロに溶け込んだ野菜スープばかりで、あまり固形の物は食べられなかったが、もう胃もたれもしなくなったようなので、少しずつ食事を戻している。
煮物も普段よりは柔らかめだが、ようやく食事らしい食事が出来るようになったのが嬉しいらしい。
「そりゃ良かった。そんじゃオレ帰るから戸締りよろしく。オレが帰ったらすぐに寝ろよ?」
「わかった。綾乃も気を付けて帰るように!」
「はいよ~。んじゃおやすみ~」
由羅の家を出てマンションまで折り畳み自転車でおよそ10分。
飛ばせばもっと早く着く。
職場としては近い方だと思う。
由羅がマンションをわざわざ用意した理由はオレに辞めて欲しくないからで、家から一番近い物件を選んでくれたのも、オレのためなんだとわかった。
だから今はもう、マンションに帰るたびにモヤっとなっていた気持ちはなくなった。
でも、近いはずなのにこの距離さえ遠く感じる。
そりゃまぁ、住み込みに比べれば遠いだろっ!
自分自身にツッコんで思わず苦笑した。
人間ラクするのに慣れるとダメだな~……
***
「メイちゃん!」
「ぇ……わあっ!?」
自転車は折り畳みなので、家の玄関に置くようにしている。
マンションの入り口前で自転車を降りて押して歩いていると、マンションの入り口の横で座り込んでいた男が飛びついて来た。
自分よりでかい身体に飛びつかれて後ろに倒されそうになったが、自転車を支えにしてなんとか踏ん張る。
「何だよ!?だれっ……え、リョウか?」
抱きつかれているせいで顔が見えないが、声に聞き覚えがあった。
「そうだよ!どこ行ってたの!?」
「え?どこって……」
「俺何回も電話したのに繋がらないし、俺のこと嫌いになっちゃったのかと思って、諦めようかと思ったけどでもやっぱりちゃんとメイちゃんに確かめたくて……でもここにも何回も来たのに、全然出てくれないし……!っていうか、電気ついてないから、もしかしてあいつに追い出されたのかと思ったけど、他のやつらも何も知らないって言うし――……!!」
あ゛……そうだった……
オレ、リョウにも好きだって言われたんだっけ!?
あの翌日に由羅が入院したから、それからは何かバタバタしてて……
完全に忘れてたああああああああああ!!!
「――メイちゃんが生きてて良かったあああああっ!!!」
え?ごめん、全然話聞いてなかった!オレしんだことになってたの?
早口でまくし立てる亮にガクガクと揺さぶられていたので、話はほとんど入って来ていなかった。
「え~と……ああああの……ちょ~~っと落ち着けリョウ!ここだと迷惑だから……」
「綾乃っ!?」
「え?」
今度は誰だよ!?
「何をしている!?」
「痛ててっ!」
「ぅわっ!?」
亮が急に手を離したので、オレはバランスを崩してそのまま尻もちをついた。
自転車もオレの隣でガシャンと派手に音を立てて倒れる。
あああああ!!オレの自転車があああああ!!!こ、壊れてねぇよな!?大丈夫かな!?
も~!なんなんだよ一体!……
尻を擦りながら顔を上げると、亮の腕を背中に捻り上げている由羅がいた。
「……は?え、由羅?こんなところで何してんの!?」
お前は今頃寝てるはずだろ!?
「何って……」
「っていうか、お前、莉玖は!?」
「ここだ」
由羅が亮の腕を捻っているのと反対の腕に抱っこしている莉玖を見せた。
「ちょ、莉玖抱っこしてんのに何やってんだよ!?」
オレは慌てて由羅から莉玖を抱き取った。
この騒ぎの中でも、莉玖は気持ち良さそうに眠っていたので、少しホッとする。
莉玖はホント大物だなぁ~……
「あっ……と、……二人共とりあえず中入れ!!ここにいると邪魔だ!!」
ハッとして周囲を見渡すと、他の住人が変な顔をして遠巻きに見ていた。
マンションの入り口で揉めていたので、目立っていたらしい。
そうじゃなくてもここら辺は普段静かな場所だから、夜にこんな大声で言い合いをしていれば目立つ。
「ほら、早く行くぞ!由羅、その手離していいから。リョウ、オレの自転車持ってきて!」
オレは二人を無理やりエレベーターに押し込んで、ひとまずオレの部屋に連れて行った。
***
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