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両手いっぱいの〇〇 第212話
「え~と、それで莉玖の誕生会が何だって?」
莉奈のはしゃぎように気を取られてすっかり頭から話が飛んだ。
「違う。いや、まぁ誕生日はちゃんと祝ってやらないととは思うが、今回は水族館の話だ」
「ああ、水族館ね。うん、喜ぶと思うぞ。連れて行ってやれよ。あ、お弁当の心配してんのか?それくらい、何時に出るのか言ってくれればそれまでに作っておくけど?」
「それは嬉しいが、そうじゃなくて……綾乃も一緒に行かないか?」
「オレ?」
思わず自分を指差した。
「そうだ」
「あ~……」
あれか、正月の時と同じような感じか?
「何か用事があるなら、明後日じゃなくてもいいんだが……」
「別にいいけど?」
「ホントか!?そうか……良かった」
由羅がちょっとホッとした顔をした。
「そりゃまぁ、歩き始めた莉玖を連れて出かけるのは大変だからな~。歩けないのも困るけど、歩き始めると目が離せねぇし……」
「それもあるが……そうじゃなくて、私は綾乃と一緒に行きたかったんだ」
「ん?」
「……なぁ、綾乃。亮にも指摘されたが……」
「……はい!?ちょ、ちょっと待て!!」
まだ由羅が話している最中なのはわかっているが、聞き捨てならない単語を耳にして思わず途中で遮った。
「リョウ?……って、もしかしてオレの幼馴染の?」
「そうだ」
「お前らいつの間に名前で呼び合う仲になったんだよ!?」
ホントにオレが寝てる間に一体何があったんだよ!?
「それはまぁ、いろいろと……」
「あ!そうだ、名前と言えば!」
「ん?」
「あのさぁ、最近莉玖がだいぶ言葉を覚えて来てるだろ?最初は保育園が見つかるまでって感じだったし、その、お前に無理やり連れて来られた感があったからオレも反発して『由羅って呼び捨てにする』って言ったけどさぁ、莉玖が大きくなっても家政夫として雇ってくれるってことになったし、このままじゃダメだよな?」
「このまま……とは?」
由羅がちょっと考えるように視線を泳がせて、眉間にしわを寄せ首を傾げた。
「だから、オレがお前を『由羅』って呼んでることだよ。一応莉玖の前ではお前を『パパ』って呼んでるから、莉玖もちゃんと『パパ』って呼んでるけど、もうちょっと大きくなって、語彙が増えて来て、話せるようになってきたら、オレがお前を『由羅』って呼んでるのを真似するようになるかもしれねぇし、莉玖が自分のフルネームがわかるようになってきたら、混乱するかもしれねぇだろ?……だって、莉玖も『由羅』だし」
「あぁ、だから?」
「だから、オレこれからはお前のこと『由羅さん』って呼ぶことにしようと思う!」
「……綾乃?どうしてそうなるんだ?」
「は?いや、だから今説明しただろ?」
「説明は聞いた。だが、お前の説明だと、莉玖と私の名字が同じだから、『由羅』と呼ぶと混乱するという話じゃなかったか?だったら「~さん」付けで呼んだところで同じだろう?」
「……ハッ!」
ホントだ……ダメじゃねぇか!!
「え~、名案だと思ったのにぃいい!!」
『由羅』が名字だということを思い出したのはつい最近だ。
いや、名字だということはわかっていたけれど、ただ、改めて莉玖も『由羅』だということに気付いてから、このままじゃダメだと思って、ここ数日めちゃくちゃ真剣に悩んで出した結論だったのに……っ!!
「……別に下の名前で呼べばいいだろう?」
テーブルに突っ伏したオレの頭を由羅がポンポンと撫でた。
「下?」
「私の下の名前だ。知っているだろう?たまに呼んでるじゃないか」
「あ~……そりゃまぁ知ってるけど……」
たまに由羅とふざけている時とかに「響一くん」と呼ぶことはあるけど……
「私は別に呼び捨てでもなんでも構わないぞ」
「……響一さん?」
今まで名字を呼び捨てにしていたくせに今更何を……と笑われるかもしれないが、一応雇い主だし『響一』と呼び捨てにするのはなんだか抵抗がある。
かといって、『響一くん』と呼ぶのもなぁ~……
でも……『響一さん』というのもなんか……
「まぁ、呼び方はお前に任せる。呼びやすいように呼んでくれ」
ブツブツと呟きつつ考え込んだオレを、由羅が苦笑混じりに眺めていた。
***
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