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両手いっぱいの〇〇 第216話
「買い物には行けたのか?」
帰宅した由羅がネクタイを外しつつ、さりげなくオレに確認してきた。
「え?あ、うん。杏里さんが買い物に誘ってくれて……」
「そうか、それは良かった」
「あの……さ」
「……ん?どうした?」
「あ~……いや、飯の支度するから、先に風呂入って来いよ」
「あぁ、そうする」
オレは風呂に向かう由羅の背中を見ながら、ちょっと首の後ろを掻いた。
なんか……調子狂う……
杏里さんがデートとか言うからだ!
別に気にすることなんてない。
デートってのはたんに言葉の綾みたいなもんだろうし……
でも今のところ由羅はオレのことが好きなんだから、デートっていうのは間違いじゃないのか……?
由羅の言う“恋人っぽいこと”って、デートのことだったのかな……
「――乃、綾乃、危ないっ!」
「ぇ?」
名前を呼ばれたと思ったら、グイッと肩を掴まれて後ろに引っ張られた。
一瞬何が起きたのかわからなかったが、ふと前を見るとスープが沸騰して吹きこぼれていた。
「ぅわっ!危ねっ!?」
豆乳スープなので、沸騰した泡が薄く膜を張って何だか……すごい状態になっていた。
「だからそう言ってるだろう!?」
オレが手を伸ばす前に由羅が火を止めてくれた。
「火傷は!?」
「え?オレは大丈夫だけど、お前こそ大丈夫だったのか?」
「私は別に一瞬だったから大丈夫だが……どうした?具合でも悪いのか?綾乃がボーっとするなんて珍しいな」
「あ~……うん……って、お前裸じゃねぇか!」
よく見ると由羅は腰にタオルを巻いただけの状態で、まだ髪も湿っていた。
「あぁ、シェービングジェルの予備ってあるか?」
「え?」
「……と聞きに来たら、ぐつぐつ沸騰してるスープを前に綾乃がボーっと突っ立ってたから……」
「あ、シェービングジェルね。え~と……いつものところになかったっけ?」
「いつものところにはもうなかった。階段下の収納に買い置きはあるか?なければ明日の帰りにでも買いに……」
「待って、すぐ見て来る。たしかまだあったと思うけど……」
「綾乃、自分で見て来るからいい。お前はもうか……いや、ちょっとソファーで休んでいろ」
「別に大丈夫だって。ちょっとボーっとしてただけだし」
「明日出かけたかったら無理をするなと言ったのは誰だ?」
「ぁ~……オレですね……」
「わかったら、大人しく休憩してろ」
「ふぁ~い……」
由羅に言われるままソファーに座った。
別に具合が悪いわけじゃねぇんだけどな~……
ちょっと考え事してただけだし……
恋愛なんて誰かを好きになって、誰かが好きになってくれて、思いを伝え合えばあとは自然の成り行きで何とでもなると思っていた。
デートをして、お互いを知って、結婚して、子どもが出来て……
なのに、実際はあんな……仏頂面のおっさ……同性を好きになってるし、恋人にもなれないし、結婚なんて出来るわけないし……
思い描いていた恋愛なんてどこにもない……
それでも……やっぱり好きで……
う゛~~~……ダメだ!恋愛事はわかんねぇ!!
オレ恋愛とか向いてねぇ気がする……
「あ~もう……頭痛ぇ……」
オレは考えるのを止め、ごろんとソファーに横になって目を閉じた。
あ~……由羅の晩飯用意して……あの鍋洗って……明日のお弁当の仕込みして……
眠たいわけでも、具合が悪いわけでもない……と思っていたのに、次に目を開けた時には……
もう日付が変わっていた。
***
……ん~……重い……
オレは息苦しさを感じて目を覚ました。
こら!由羅ぁ~~……腕がお~も~い~!
「綾乃」
寝惚け眼で由羅の腕をのけようとモゾモゾしていると、背後から由羅が抱きしめてきた。
うなじに由羅の息がかかってくすぐったい……
「ん……っ」
オレが首をすくめると、宥めるように頭を撫でられた。
「もうちょっと寝てろ。まだ夜中だ」
「……そ……か」
まだ夜中なのか……
じゃあ、もうちょっと寝ていいか……
***
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