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両手いっぱいの〇〇 第218話
「莉玖、ほら、大きい水槽だなぁ~」
「お~~……」
巨大水槽を見上げて、莉玖があんぐりと口を開けた。
「海の中にいるお魚さんたちだってさ」
「う~?」
「うん、う~み!」
「う~り!」
「おしい!」
「おぃち~!」
莉玖と顔を見合わせて笑って、少し離れたところに立っている由羅に手を振った。
水槽の前は大抵子どもが貼り付いている。
由羅は自分がいると他の子どもが怖がって水槽の前に来れないだろうからと遠慮して、水槽から離れた場所に立ってオレたちを見ていた。
そんなに気にしなくても……水槽はでっかいんだから見る場所はたくさんあるんだし大丈夫だと思うけどなぁ~……
それとも、由羅はそんなに水族館とか興味ないのかな……?
まぁ、おでかけセットやお弁当が入ったでっかい荷物を持ってくれてるからラクでいいけど。
「あ~の!あめたん!」
「ん?あぁ、ウミガメだな。おうちの壁にも貼ってあるよな~!」
「うんうん」
「スゴイな!莉玖ウミガメさんわかったんだな~!」
「うんうん」
いや、マジですげぇな。
家の壁面に貼ってあるオレの手作りウミガメとこの本物のウミガメが同じ生き物だってわかったのがスゴイ……オレ、あんまり絵心?とかねぇから、全然クオリティは低いんだけどな~……
「あ~の!こ~え!こ~え!」
「ん?あぁ、これはな――」
動物園はほぼ一種類の動物ずつに分かれていたが、水族館の、特にこういう大きな水槽では数十種類の海の生き物が一緒にいるので、結構面白い。
莉玖も、いろんな海の生き物を見つけてはオレに名前を聞いてきた。
***
「あ~の!こ~え!」
「これはな~、え~と、メバルかな?」
水槽に入っている生き物について説明してくれているパネルがあるので、オレはそれを見ながら莉玖に魚を教えていた。
写真が載っているが、写真で見るのと実際泳いでいるのとじゃ見え方が違う魚もいるのでなかなか難しい。
「――なぁなぁ、あれは?」
「ん~?あぁ、あれはたぶんアジかな」
「アジフライのアジ?」
「そうだな。アジフライのアジだ」
「へぇ~!アジってさかななんだ~!」
「ははは、アジフライになってたらわかんねぇもんな~……ん?」
……って、え!?きみはどちら様!?
オレは莉玖とは反対側の自分の隣にいる子どもをマジマジを見た。
条件反射で、話しかけられるとつい普通に返事をしていたが、考えてみるとここは保育園でもないのにそんなに子どもに話しかけられるはずがない。
え?今この子オレに話しかけてたんだよな?親は!?迷子か!?
キョロキョロと周りを見回すと、いつの間にかオレの周りには数人の子どもたちが群がっていた。
それも、年齢的にまだ平仮名が読めるか読めないかくらいの子たちばかりだ。
パネルの説明には漢字も混じっているので、自分では読めない子たちがオレに聞いてきたらしい。
まぁ、これくらいの年齢なら親もすぐ近くにいるだろうし、大丈夫だとは思うけど……
きみたち、オレが言うのもなんだけど、知らない人に気安く話しかけていかない方がいいぞ~?
「おにいちゃん、あれは~?」
「へ?あぁ、え~と、あれは……どれだろうな~……見たことあるけど名前が出て来ねぇな~……」
オレ別に魚に詳しいわけじゃねぇからな~……
聞かれたのでとりあえずパネルを見てそれらしいのを探す。
「あ、ほら、これじゃねぇの?」
「これなぁに~?」
「え~と、アカエソ?キレイな模様だなぁ」
「わかった!あかいからあかってつくんだ!」
「うん、そうだな。あ、でも同じアカエソでも黒いやつもいるって書いてある。ややこしいなぁ」
「え~それはクロエソじゃないの~?」
「そうだよなぁ」
子どもたちのごもっともな意見に相槌を打っていると、少し離れたところから子どもの親らしき人たちが名前を呼んだ。
「そろそろイルカのショー始まるよ~?席取りに行こう!」
「はーい」
どうやらいくつかの家族で一緒に来ているらしい。
子どもたちが「おにいちゃんばいばーい」と手を振って家族の元へと走って行った。
機嫌良く戻ってきた子どもたちに向かって、数人の親が「変な人についていっちゃダメでしょ!何もされてないの!?」と言っているのが聞こえた。
オレに聞こえるようにわざと大きな声で言っているんだろうけど……はいはい、変な人ですよ~。でも……お前らこそ、心配なら子どもから目を離すなよ!!
「綾乃、私たちもイルカのショー見に行くか?」
オレがちょっとイラッとしていると、宥めるように由羅に肩を抱き寄せられた。
は?いや、こんな目立つ場所で……と焦ったが、由羅の顔を見て思わず笑ってしまった。
「なんでお前がそんな顔してんだよ」
「ちょっとムカついただけだ」
「お前が言われたわけじゃねぇだろ。あれはオレのことだよ」
「だからだ!綾乃は変な人でもないし、そもそも最初に話しかけてきたのは……」
「わぁ~かった!わかったって!ありがとな、お前がわかってくれてればいいよ」
オレは苦笑しつつ由羅の背中をポンポンと叩くと、莉玖の前にしゃがんだ。
「莉玖、オレたちもイルカさん見に行こうか!」
「いんた?」
「い~る~か!」
「に~り~て!」
「ん~~~、うん、よし!三文字ってところは合ってる!」
「……それでいいのか?」
「ちょっとずつ教えていくしかねぇだろ。何回も耳にして口に出していくうちに言えるようになるんだよ」
「そうか」
「あんまりしつこく言わせると嫌になって口に出さなくなるから、程々の所で止めた方がいいんだよ。なぁ莉玖~?」
「な~!」
「じゃあイルカのところに行くか!」
「おー!」
オレは莉玖と手を繋いでイルカのプールのある方へと向かおうとした。
……が、
「やぁああ!あ~の!」
莉玖が泣きながら水槽を指差した。
「ん?あぁ、まだ見たいのか。え~と、ほら、莉玖、見て?」
オレは館内地図が書いてあるパンフレットを取り出して莉玖に見せた。
「今オレたちがいるのはここな?このでっかい水槽があるところ。ほら、写真があるだろ?で、イルカさんがいるのはこっち。イルカさんがいるのは別の場所なんだよ。イルカさんが終わったらまたここに見に来ることもできる。だからちょっと他のところも回ってみよう?ほら見て?ここにもお魚さんいるみたいだし、こっちにも……」
「……こっち?」
「うん、さっきのお兄ちゃんたちもあっちに行っただろ?あっちにもお魚さんがいるんだってさ。どうする?ちょっとだけ覗いてみるか?」
「……ぅん」
「よし、じゃあ、あっちに何があるのか覗きに行ってみようか」
「あい!」
莉玖はまだ少し不満そうだったが、何とか納得してくれたのでホッとしながら先へと進んだ。
「そんなにこの巨大水槽が気に入ったのか」
「う~ん、まぁそうだな。それに、オレたちは館内地図も見てるし、だいたいこういうところは他にもいっぱい水槽があるっていうことを知ってるから先に進めるけど、初めてきた莉玖はこの先にもお魚がいるっていうのを知らないからな」
「あぁ、なるほど」
莉玖はイルカのプールに行くまでにもいっぱい水槽があることに感動してじっくり見たがったが、ショーには時間があるのでとりあえず「みぃ ~!」と暴れる莉玖を抱き上げて水槽の前を通り過ぎた。
まぁ、結局はこうなるんだよな~。
***
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