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両手いっぱいの〇〇 第231話

『綾乃くん!ちょうどいい所に!』 「ちょうどいい所にって……」  オレが通りかかったような言い方やめてくれよ……誰に呼ばれて来たと思ってんだ?  オレこんな時間にこんな場所来るの嫌なんですけど!? 「んで、何やってんだよ?オレはお前が変なのに捕まったんじゃないかって心配してたんだぞ!?」 『あら、心配してくれてたの!?ありがとう~!』    喜ぶなっつーの!!  まぁ、喜ぶ余裕があるってことはいいことだけど!! 『あのね、ここに来たらね、この子たちがいたのよ』 「この子たちってどの子たちだよ?」 『ここよここ!ほら、もうちょっとこっち来て!』  莉奈に手招きされて近寄っていくと、莉奈の足元の暗闇が揺らいだ。  何かいる!?  先ほどから莉奈の足元に何かの塊が見えていたのだが、陰になっているので岩なのか何か危険なやつなのかわからなかったのだ。 「ぇ~と……っ!?」  思わず後退(あとずさ)りしようとしたオレの背中を、さっさと行けっ!というようにあの小さい影が後ろから押してきた。  へいへい、行けばいいんだろ!?行けばっ!!  とはいえ…… 「……暗いな……」  洞窟は壁際に辛うじて人が一人通れるくらいのスペースがあるだけだ。  海面が近く、少し大きな波が打ち寄せれば壁面までびしょ濡れになるくらいなので、足元が滑りやすい。  足を踏み外せば海の中に落ちるので、灯りがないと危なくて進めない。   「なぁ、こっちも明るくできねぇのか?」  オレは背後から押して来る影に向かってダメ元で言ってみた。  すると、また一瞬強い風が吹いて、洞窟の奥の方までぼんやりと見えるようになった。  おお!?言ってみるもんだな!! 「そんで、何がいるって?」 『あ、そうか。綾乃くんには見えてなかったのね~』 「そりゃオレ懐中電灯とか持ってねぇんだもん。真っ暗の中じゃ何もわかんねぇよ……って、ん?」  文句を言いつつ莉奈の隣にしゃがもうとしたオレの足元に何かが飛びついて来た。 「うわっ!?」  驚いてよろめいたオレは、足を滑らせて海に落ちた……と思ったが、あの小さい影が手を引っ張ってくれて、片足がちょっと浸かるだけで済んだ。   「あっぶね~……助かったよ、ありがとな!」  影にお礼を言うと、影は何となく照れているような仕草をした。 『ちょっと、大丈夫!?』 「何とか……」  一応、影のおかげで落ちずに済んだが…… 「んで、さっきのは一体……」  壁際に背中を付けて座り込むと、改めて自分に飛びついて来た何かを見た。   「……お前が飛びついて来たのか?」  オレは自分の足元に爪を立てるそいつを捕まえて顔を近付けた。 「ミィミィ」 「うん、爪はやめなさい!痛いっつーの!」 「ミィ~!」 「何だ?腹減ってんのか?」 「ミィミィ!」 「うん、そうかそうか」 『え、綾乃くん、その子の言ってることわかるの!?』 「全く全然わからねぇよ!!わかるわけねぇだろっ!?」 『あ、そうよね?だって、何だか会話してるみたいだったから……』 「適当に返事しただけだよ。んで、何でこんなところに子猫がいるんだ?」  莉奈の足元には、他にもまだ小さい子猫がミィミィ鳴いていた。  オレが抱っこしているのと合わせて4匹いるようだ。   『それがね?――』    莉奈の話しでは、野犬に襲われた母猫がここまで逃げて来て、この洞窟の窪みでこいつらを産んだらしい。  ここは満ち潮になると今通って来た道は全部海の中に沈むのだとか。  だからここまでは犬が追いかけて来ないが、安心して子育て出来るスペースも少ないということだ。  だが野犬に襲われた時の傷のせいで母猫は子猫を連れてここから動くことができず、昨日息を引き取ったらしい。    まだ生まれて間もない子猫なので、目もほとんど見えていない。  普通ならさっきのオレのように足を踏み外して海に転げ落ち、すぐに命を落としそうなものだが…… 『母猫は子猫たちのことが心配でずっと傍についていたみたいなの。子猫が危ない方向に行かないように見守っていたみたい……』  なるほど。莉奈が放っておけなくなった理由はわかった。  自分も莉玖のことが心配で守護霊になったくらいだから、母猫の気持ちに共感したんだな……  恐らく、写真に写っていた黒い靄はその母猫だ。  子猫を守らなければ!という強い想いが黒い靄に見えていたのだと思う。   「ん?傍に?その母猫ってどこにいるんだ?」  オレの目には見えねぇけど……  キョロキョロ周りを見回してみるが、他には…… 『何言ってるのよ。綾乃くんの隣にいるじゃないの。さっき助けてくれたでしょ?』 「え?だってあれは……」  オレを助けてくれたのは子どもの手だったぞ?  隣を見ると、小さい子どもの影が手を振って来た。  ほら、子どもじゃねぇか! 『その子が母猫よ。綾乃くんを連れて来るために形を変えたみたいね』 「そんなことできるのか!?」 『え~と、やってみたら出来たって言ってる。後、綾乃くんがこの中を見えるようになったのもその()のおかげみたいよ』 「すげぇな!?っつーか、オレを引っ張ることが出来たんだから、子猫を連れ出すこともできたんじゃねぇの?」 「――……」  影が莉奈に向かって何かを訴えた。 『ふむふむ。綾乃くんに触れられたのは、たぶん綾乃くんにも霊力(ちから)があるからだと思うって。子猫には触れられないんですって……』 「そうなのか……何かよくわかんねぇけど……切ないな」  一番触れたい相手には触れられねぇのか…… 『そ~こ~で!綾乃くんの出番よ!この子猫たちを連れて洞窟から出て欲しいの!』 「なるほど。わかったって言いたいけど……ちょっと今は難しいかも」 『どうして?』 「オレ、さっきので足首捻挫したっぽい。歩けないことはないけど、この足場が不安定な場所を歩くには壁に捕まりながらじゃねぇと……そうなると子猫たちを一気に抱っこしては無理だな。先に一匹だけ連れて出て、誰か助けを……」 『ダメよ!そろそろ満潮になる。満潮になってしまえばここには来ることが出来ないのよ?』 「満潮って何時だ?」 『え~と……わかんない。この()がもうそろそろだって』  ふとオレは足元を見た。 「なぁ、もしかして……もう満潮の時間来てる?」 『え?』 「もうだいぶ……潮が満ちてきてるぞ?」  目を凝らしてみると、自分が歩いて来た道がもうほとんど水に沈んでいた。  今いるところは少し高くなっているので気付かなかったのだ。 『あら……どうしましょ……』  ちょ~~っと、いや、か~な~り~……ヤヴぁいっっ!! ***

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