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両手いっぱいの〇〇 第258話
晩飯はまだだと言うと、月雲 が野菜たっぷりの雑炊を作ってくれることになった。
「あ、そんじゃオレ手伝います」
「お、そうかい?あやりんは良い子だねぇ、なんせゆらりんなんて家事はからっきしだったからなぁ~。包丁持たせたら危なっかしくて……」
「あはは……わかります」
包丁を持った時の由羅の手元が危なっかしいのは、オレもよく知っている。
「すみませんね、役に立たなくて!莉玖~、誰にだって苦手なことはあるよな~?」
由羅がちょっと不貞腐れた顔で莉玖を抱き上げた。
「でも、そんなゆらりんにも役に立つ特技があるんだ。なぁゆらりん。久々にいっちょやってくれや」
「はぁ……これは特技って言うんですかね……?」
由羅が莉玖をオレに預けて土間へ下りた。
この庵には、水と電気はあるがガスはないらしく、土間には立派なかまどがあった。
つまり、薪を使ってかまどで調理するらしい。
かまどってことは火を起こさなきゃだよな~……野菜切る前に火起こした方がいいのかな?
ガスみたいにすぐ火がつくわけじゃねぇもんな~……
と、考えていると、由羅がかまどの前にしゃがみ込んだ。
え、待って!?もしかして、由羅が火を起こすのか!?オレも林間学校でキャンプしたことがあるけど、火を起こすのは大変だった覚えが……
「って、え!?もう火ついたのか!?」
マッチを使っているとは言っても、由羅はあっという間に枯草と新聞紙を使って火をつけ、かまどの中の薪に火を移した。
かまどの中に風を送って火を大きくしていきながら、徐々に太い薪に火を移し、薪を増やしていく。
なぁ由羅……手際良すぎじゃね!?
お前、もしかして山で暮らしてたのか!?
「相変わらず、火を起こすのはうまいねぇ~」
「そりゃどうも。……ゲホッゲホッ!これくらいでいいですか?」
「あぁ、後は適当にやっておく。ありがとよ!」
由羅がちょっと咳き込みながら戻って来た。
「由羅すげぇな~!あんなに簡単に火起こせるのか!?」
「いや、あれは誰でも……手順さえ間違わなければわりと簡単につくはずだが……」
「オレ、キャンプの時なかなか火起こせなかったぞ!?すごいすごい!なぁ莉玖!パパスゴイな~!」
「パッパ!しゅど~いね~!」
オレと莉玖がパチパチと手を叩くと、由羅が満更でもない顔で口元を綻ばせた。
「そうか、パパスゴイか!」
「由羅、火の起こし方なんてどこで覚えたんだ?」
「あれは……」
「俺が教えたんだよ。包丁使えねぇなら、せめて火くらい起こせるようになれってな。さてと、そんじゃ野菜切っていくか。その間に湯が沸くだろ」
「あ、はい!んじゃ莉玖、綾乃はお料理してくるからな!その間はパパと一緒にいてくれ」
「あ~い!」
オレは由羅と交替して、月雲と一緒に野菜を切りまくった。
月雲は最初かなり雑に切っていたのだが、オレが莉玖用に細かく切っていると、
「そうかおチビがいるもんな。もうちょっと小さい方が食いやすいか……」
と、わざわざ細かく切り直してくれた。
案外良い人なのかもしれない……
「あの……水と電気は通ってるのになんでガスはないんですか?」
「あぁ、必要ねぇからな。立派なかまどがあるし、ここにゃたまにしか来ねぇから薪で十分。ちなみにこの水も裏の湧き水だぞ?」
「え、水道水じゃねぇの?」
「湧き水だから冷たいだろ?」
「あ~たしかに!」
「飲んでみろ。うまいぞ?」
月雲がコップに水を汲んでくれた。
「え、沸かしてなくても大丈夫なのか?」
生で飲んだら腹壊しそう……
「大量に飲まなきゃ大丈夫だ。ちゃんと水質検査もしてもらってるしな。そもそもこの湧き水は特別だからな」
「特別?……あ、なんか甘い……え、うまっ!!」
庵の裏の湧き水だという水は、水道水と違って何だか冷たくてほんのり甘く感じた。
「だろ?」
月雲が嬉しそうにニカッと笑った。
神社と寺があるこの山は古くから神聖な場所で、庵の裏の湧き水はその神聖な山の湧き水ということだ。
だから美味しくて当然なのだとか。
ちょっと何言ってるのかよくわかりませんが、とりあえず水は美味しいです。はい。
月雲に言われるままに野菜を鍋にぶち込むと、後はぐつぐつと柔らかくなるまで煮込むだけだ。
かまどでの調理に多少の不安はあったが、火さえついてしまえば後はなんとか普段通り出来た。
「――うん、こんなもんかな!あとは、最後に溶き卵を……で~きた!」
「お、うまそうだな~!」
「はい!それじゃ食いますか!莉玖~、お待たせ!ご飯だぞ~!」
オレは、振り返って由羅と莉玖に笑いかけた。
由羅たちは、ずっと土間の段差に腰かけて調理の様子を眺めていたのだ。
「まんまっ!!」
「あ、待て待て!いただきますは!?」
「いちゃまちあちゅ!」
「はい、上手に言えた……ってことでいいか!あ、でも熱いからちょっと冷ましてからな――」
よく考えたら夏に雑炊ってくそ暑い!!
でも、庵にはクーラーや扇風機といった文明の利器は見当たらないにも関わらず、なぜか暑さを感じなかった。
ひんやりとした空気に包まれている気がして……温かい雑炊がちょうど良いくらいで……
みんなあっという間に食べ終わってしまった。
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