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両手いっぱいの〇〇 第265話
「由羅~?」
庵の裏は真っ暗……と思いきや、蛍のようにポツポツと鬼火が飛んでいて、意外と周囲の様子が見えた。
この鬼火たちは月雲が言っていたなかなか成仏できない「念の強いやつら」ってことなんだろうな……
それでも、多少は浄化の影響を受けているのか、あまり禍々しい気は感じない。
きっと……成仏した方がいいのだろうとは思うけど……
でも月雲が言っていたように霊にだってそれぞれに事情がある……莉奈のことを考えると、さっさと成仏してしまえ!とは軽々しく言えないな……
「由羅~、どこだ~?」
周囲の様子が見えるとは言っても、そもそも裏がどうなっているのか、湧き水がどこから湧いているのか全然わからない。
とにかく外に出ればわかるだろうと思ったのだが、由羅の姿は見当たらなかった。
「ゆ~らぁ~~~!?いねぇのか~!?」
とりあえず周囲に向かって声を張り上げる。
「……綾乃か?」
由羅の声が聞こえた。
が、由羅の声のはずなのに、莉奈の声みたいに頭に直接響いて来たような気がしてちょっと身構える。
「由羅!?どこにいるんだ~!?」
「ちょっと待て!もうすぐそっちに戻るから、綾乃は庵から離れるな!」
「わかった~!!」
一瞬、本当に由羅の声なのか心配になったが、厄介なやつらなら暗闇に呼び寄せようとするはずなので、これはきっと由羅の声だ。
大人しく言われた通りに庵の裏口に戻る。
さすがのオレでも、ここがちょっと特殊な空間なのは何となくわかる。
だって、庵の中もそうだったけど、まだ夜は蒸し暑いはずなのにここはやけに涼しいのだ。
お祭りの会場だった神社は山の麓にあったはずだし……この庵は神社からそんなに離れているわけでも、標高が上がったわけでもないのに……
うん、とにかくあまり動き回らない方が良さそうだ。
「どうした?」
しばらくして、目の前の木陰からいきなり由羅が出て来た。
「ぅわっ!え、お前今どこから来たんだ!?足音しなかったぞ!?」
「あぁ、この辺りは特殊だから……下手に歩き回れば迷子になるぞ」
「ぅげっ!」
うひゃぁ~~!!自分の野生の勘を信じて良かった……
異空間で迷子になるということは、戻ってこれなくなる可能性があるということだ。
昔からある神隠しとか呼ばれているやつも、そのひとつだと聞いたことがある。
ま、ホントか嘘かは知らねぇけど!
「裏の湧き水とやらは飲めたのか?」
「あぁ、だいぶ酔いは醒めた。師匠の分も汲んで来た」
由羅が一升瓶と大きなやかんを持ち上げた。
それに入れて来たのか……?
まぁいいけど……
「結構汲んで来たんだな。そっち持つよ」
「あぁ、すまない」
一升瓶の方を受け取り、汲んで来た水の量に改めて驚く。
一升瓶はだいたい1.8Lくらい入るはずだ。
やかんはあまり普通の家では見かけないデカさで、たぶん8L~10Lくらい入るやつだと思う。
そのやかんにも溢れそうなくらい水が入っていた。
「住職がだいぶ呑んでるからな。二人分を薄めるのはこれくらいじゃ足りないくらいだ」
「二人分?」
「あぁ、説明するからちょっと待ってくれ。先に師匠にこれを飲ませないと。あの二人が酔っ払うと余計に鬱陶しいんだ」
「あ~……それはなんとなくわかった」
「……師匠たちに何か言われたのか?」
「いや、別に嫌なこととかは言われてねぇんだけどな?なんていうか……話しが通じなくてウザいな。まぁ酔っ払いってそういうもんだけど」
「そうだな。とりあえず戻るか」
由羅がちょっと苦笑しつつ、オレに先に庵に入るよう促し、何やら後ろを向いて呟くとサッと扉を閉めた。
***
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