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両手いっぱいの〇〇 第266話
「お~、ゆらり~ん、ようやく帰って来たか~」
「「……はぁ~~~~……」」
部屋に入るなり、オレと由羅はこれ見よがしに大きなため息を吐いた。
オレがこの部屋を離れてからまだほんの10分くらいしか経っていないはずなのに、月雲は更に酔っ払っていたからだ。
「師匠!ほら、水ですよ。飲んでください!」
「お~、あんがとよ~。あとで飲む~」
「今飲んでください。ほら、口開けて!」
由羅が真顔でやかんの口を月雲の口に突っ込もうとした。
「ぅおおぃっ!!由羅おちつけっ!!さすがにそれはダメだろ!!」
そりゃまぁ、酒をラッパ飲みするよりはマシだと思うけど、いくら水でもその量はダメだろっ!
……由羅もまだ酔っぱらってんのか?
『なんじゃ、酒はもうないのか』
「ありません!!」
「じゅ~しょく、しゃけならゆらりんがもってるぞ~」
月雲がオレが持っている一升瓶を指差した。
『おお、あるではないか。ほれ、ゆらりん!こっちに寄越さんか』
「いやいや、これも酒じゃなくて水だし!っていうか、オレはゆらりんじゃねぇからな!?」
酔っ払ってからの月雲は、オレのことをゆらりんと呼んでいた。
酔っ払いの言うことだから気にしてなかったけど、住職までオレをゆらりんと呼び始めたので、思わずツッコんだ。
「あ?ん~~~~……」
月雲が焦点の合わない目を凝らしてオレを見た。
「なんだよ~やっぱりゆらりんじゃねぇか~」
おいおい、あんたは今どこ見てたんだよっ!?
「ちっが~~~~うっ!!オレは!あやりんだっ!!」
「あやり~ん?……あ~、あやりんか~!なんだよ~、まぎらわし~な~」
いや、あんたが勝手にニックネーム決めたんだよっ!!
しかもなんでオレ、自分で「あやりん」とか言っちゃってんだ……
地味に自爆した感があって、オレはがっくりと肩を落とした。
『ゆらりんに、あやりんか……たしかに、まぎらわしいのぅ。ふぉっふぉっふぉっ!」
「だろ~?も~どっちでもい~よな~」
何が面白いのやら月雲と住職がケラケラと笑う。
だから、まぎらわしくしたのはあんただし、どっちでも良くねぇっつーの!!
あ~もう!これだから酔っ払いは嫌いなんだよっ!!
「~~~~っ!!」
「綾乃、まともに受け取るな」
怒鳴るのを我慢してイライラしているオレの背中に由羅が手を当てた。
いや、でもお前も結構イライラしてるぞ!?
「師匠、酔いを醒ます気がないなら私たちはもう帰りますよ!?」
ケラケラ笑い転げている二人に向かって、由羅がため息交じりに怒鳴る。
すると、二人はピタッと笑うのを止めた。
『やれやれ……相変わらず、ゆらりんは冗談が通じんのう……』
「子どもまで作っておいてよ~?パパになったっつーからも~うちょっとユーモアのセンスが出来たかと思ったのに……ヒック……良くも悪くも変わってねぇな~……」
二人でブツブツ言いつつも起き上がり、月雲が水を飲み始める。
若干呂律が怪しいものの、先ほどまでよりもハキハキ喋っているところを見ると……完全に泥酔していたわけではないらしい。
ん?ってことは、酔ったフリをしてたってこと?
オレをゆらりんって呼んでたのもわざとか?
一体何のために!?
……って、そんなもんわかりきってるじゃねぇか……
たぶんオレ、この人たちにからかわれてたんだろうな~……ハハハ……
「変わってなくてすみませんね。師匠たちも全然変わってなくて残念です。それから、何度も言ってますけど子どもは引き取ったんです。莉玖の母親は私の義妹の莉奈ですからね。莉玖は私とは血のつながりはありませんよ」
「そうだっけ~?でもそのわりには可愛がってるじゃねぇか」
「当たり前です。血のつながりはなくとも、もう莉玖は私の子どもですから」
「……そっか……そうだよな~……」
一瞬、月雲がやけに慈愛に満ちた目で由羅を見た気がした。
なんつーか……月雲は……可愛くないだとか散々文句を言ってるくせに、なんだかんだで由羅のことが可愛くて仕方がないというように見える。酒を呑んでる時の月雲は鬱陶しいけど!
由羅も、言いたい放題言いつつもわりと楽しそうだし……以前チラッと会った親戚たちと話していた時みたいな棘はない。
オレは言い合いをしている月雲と由羅を見てクスッと笑った。
「ん?どうしたんだ、綾乃?」
「え?いや、なんでもねぇよ!」
「さぁ~て、そんじゃそろそろちゃんと話そうか……」
水を飲んで酔いが醒めた月雲が、ようやく由羅のことを話そうとしたその瞬間、
『綾乃くん、莉玖が起きそうよ!』
「あ、莉玖が起きそうって。オレちょっと行って来る」
「綾乃、私も行く」
「え……ちょ、ゆらりんの話しは……」
「すみませんね、師匠。あとで聞きます」
「えええ~~~~!?」
オレと由羅は月雲の情けない声を背中に聞きつつ、莉玖の様子を見に行った。
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