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両手いっぱいの〇〇 第268話

「お~?おはよ~おチビちゃ~ん」  オレたちが廊下に出ると、隣の部屋の襖が開いて月雲(つくも)が顔だけにょきっと廊下に突き出してきた。 「ひぎゃっ!?」  それを見た莉玖が驚いて手に持っていたマグを落とした。 「あ゛……」  オレと由羅はチラッと目を合わせて同時に顔をしかめた。  廊下は薄暗いので、月雲が顔だけ覗かせていると完全に生首状態でホラーに見える。  うん、そりゃ生首が浮いてたら怖いよな……  いきなりやられたらオレでもちょっとビビるわ…… 「ぅぎゃあああああああっ!!!」  案の定、莉玖が号泣して無我夢中で由羅にしがみついた。 「ん?あぁ、大丈夫だぞ莉玖。あれはオバケじゃない。一応生きてるからな。ちゃんと身体もついてるから近寄ってきたら蹴り飛ばせるぞ!だから怖くない。大丈夫だ。」 「ぶはっ!!由羅、何だよそのあやし方は」  オレはマグを拾いながら、思わず吹き出した。 「ん?何か変か?」 「いや、まぁ……オレはわかるけど……」  幽霊やあやかしのようにつかみどころのない不確かな存在は、対処方法が難しい。  向こうからちょっかいを出してくることがあっても、こちらがそれに対抗できるかなんてわからないのだから。  だから、そういう厄介なやつらに比べれば、実体のある生きている人間は対処方法があるだけマシだということなのだろうが……  それとこれとはまた別だし、怖いものは怖い。  それに相手によっては生きている人間の方がよほど怖い……  まぁ、それは由羅が一番よくわかってるんだろうけど……  由羅のあやし方はともかく、莉玖はせっかく機嫌よくお茶を飲んでいたのに、月雲のせいでご機嫌ななめになってしまった。 「師匠、顔を引っ込めて下さい。莉玖が怖がってこれ以上進めません」 「なんだよ~、俺の顔が怖いって……そろそろ慣れてもいいんじゃねぇか?」 「慣れるほど見てませんからね。それに今泣いたのは師匠が妙な顔の出し方をするからですよ。一応生きてるんですから自ら生首になるのは止めてください」 「生首~?……あぁ、そういうことか!そいつはすまんかったな!」  月雲がハハハと爆笑しながら顔を引っ込めた。   「住職、俺ぁ生首になっちまったらしい!とうとう俺も住職みたいに人間を超えた存在になったってことか!?」  顔を引っ込めるなり月雲が住職に嬉しそうに話している声が聞こえて来た。 『おお?お前さんは元々あやかしみたいなもんじゃろて……』 「ひっでぇなぁ~。一応人間だよ!少なくとも住職よりは人間に近いぞ~?」 『ふむ、たしかに今のワシよりは人間に近いかもしれんのぅ、ほっほっほっ』  この二人の会話はどこまでが冗談なのかわかんねぇ…… 「綾乃?どうした?」 「ふぇっ!?あ、そうだった!水だ、水!じゃなくて白湯!莉玖、白湯いれてくるからな~!」  月雲たちの会話に呆気に取られていたオレは、慌てて土間に向かった。 *** 「あ~の~!?」 「大丈夫だ、莉玖。ほら、綾乃はちゃんといるだろう?白湯を入れてくれているだけだから、すぐに戻って来る」  由羅が莉玖を抱っこしたまま土間の上り(かまち)に座った。 「まん~まっ!」 「ん?あぁ、そうだな。綾乃がここでご飯を作ってくれていたな」 「まんまっ!!」 「え?お腹空いたのか!?さっき食べただろう!?」 「由羅、どうしたんだ?」  莉玖は「まんま」としか言っていないが、由羅はちょっとしたニュアンスや仕草で何を言いたいのか推測して会話していた。  最初の頃、まだ話せない莉玖にオレがいろいろ話しかけているのを不思議そうに見ていた由羅が今では自然にそうやって会話をしていることが何だか面白い。 「いや、莉玖がお腹空いたって……」  由羅がちょっと困惑した顔をする。 「あぁ、雑炊まだ残ってるぞ?食うか?」 「そんなに食べさせて大丈夫なのか?」 「さっきは熱かったからあんまり食べられなかったしな」  沸騰させた湧き水を入れたボトルを流水で冷ましている間に、鍋に残っていた雑炊を温め直して、莉玖を膝に抱っこしている由羅に渡した。  食事用のエプロンをつけて膝の上にタオルを置いて……まぁこれなら多少こぼしても大丈夫だろう。 「パッパ!まんまっ!い~りゅ!」 「わかったわかった。ちょっとずつ食べないとお口火傷するだろう?」  ぐつぐつ沸騰させたわけではないので火傷する程は熱くないはずだが、一応由羅が少し冷ましつつ莉玖の口に運ぶ。 「ん~~~まっ!!」 「美味しいか?そうかそうか。良かったな。ん?自分で食うのか?わかった、しっかり持つんだぞ?」  莉玖が自分でスプーンを持ってかぶり付いた。 「いい食いっぷりだな~」 「莉玖、それは雑炊を食べているのかお椀を食べているのかわからんぞ……?ちゃんと食えているのか?」  由羅が心配そうに後ろから莉玖の口元を確認しようと覗き込む。 「大丈夫だって、一応雑炊減ってるから口にも入ってるだろ。……たぶん」  オレは笑いながら莉玖のエプロンを見た。  エプロンのポケットに零れた雑炊が溜まっているが、思っていたほどは零れていない。  莉玖は器用にお椀に噛みつきながらもちゃんと口の中に雑炊を流し込んでいるらしい。  ん?流し込む……? 「莉玖~!?ちゃんとモグモグしなきゃダメだぞ!?いくら雑炊で柔らかいっつっても、飲みものじゃないからな!?」 「う?」  口の周りに雑炊の残骸をいっぱいつけた莉玖が、ちょっと首を傾げる。 「あ……もう食べ終わったのか。ははは、いや、うん。美味しかったんだな、良かったな」  莉玖の顔を見て思わず笑ってしまった。  まぁ、これはだいぶ煮込んであるから大丈夫かな。 ***

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