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癒しのお憑かれ温泉旅行 第279話

「やっっっっっと着いたぁああああああああああっっっ!!!」  車から降りると、オレは深呼吸をしてう~んと大きく伸びをした。  空気がうまい!……気がする! 「綾乃、荷物持って行くから莉玖は頼む」  同じく身体を伸ばしていた由羅が、トランクを開けて荷物を取り出した。 「ふぇ~い。よ~し、莉玖も降りるか!車から降りたらどうするんだっけ?」 「あ~の、と~んとん!」 「そうだな。綾乃の背中をトントンするんだよな~。覚えてて偉いぞ!」 「あ~い!」 「はい、それじゃトントンしてくださ~い!」  車から降りた莉玖は、オレの歌に合わせてオレの背中(には届かないから実際は足だけど)を楽しそうにトントンと叩き始めた。  オレはその間に急いで車の中の莉玖のオモチャや荷物をまとめた。  身体を叩いてくれるから莉玖がいるのが目を離していてもわかるし、莉玖も楽しそうだし一石二鳥!  まぁ、この手が使えるのも今だけだろうけどな…… 「忘れ物はないな!さてと、お待たせ莉玖!綾乃とおてて繋いでいこうか!」 「あ~い!てってちゅあご~!」 ***   「う~ん……なんっつ~か……オモムキノアルヤドデスネ」  オレは建物の外観を見て思わず呟いた。 「う~ん……おみゅちゅ~りゅど~れしゅね~!」  莉玖がオレの真似をして外観を見上げてもっともらしく呟く。   「あぁ……そうだな……」 「なぁ由羅……ほんとにここであってんの!?なんか間違えてねぇか?」 「なんかとは?」 「あ~、ほら、あの道!やっぱ右に行くのが正解だったとか……目的地はここじゃねぇっていう可能性は……?」 「いや、地図によればここであっているし、宿の名前もここであっている……はずだが……」  さすがに由羅もちょっと不安そうな顔で建物を見上げた。  爽やかな秋晴れの中、オレたちが目指していたのは山の中の一軒宿。  数年前から更新されていないらしい宿のホームページには、「緑に囲まれた静かな山中に佇む歴史ある温泉宿~……」のようなことが書いてあったのだが……  今オレたちの目の前にあるのは、趣のある……と言えば聞こえはいいが、鬱蒼と生い茂る緑の中に埋もれた大層ボロい古民家風の木造平屋の建物だった――…… ***  月雲たちに会ったお祭りの翌日、由羅家にやってきて静かに雷を落としまくった杏里は、怒りが鎮まると『特賞』と書かれた封筒を由羅に渡してきた。 「はい、響一。昨日あなたたちに電話したのはこれを渡したかったからなのよ」 「何ですか?……温泉の宿泊券?」  由羅が中身を確認して眉をひそめた。 「温泉?」 「お~てん?」  オレも莉玖と一緒に由羅の手元を覗き込んだ。   「そう。それあげるから行ってきたら?」 「え?温泉にですか?」 「いいじゃん。行ってくれば?良かったなぁ莉玖!パパと温泉だってよ!」 「お~てん!」 「何言ってるの。ペア券だから綾乃ちゃんが響一と行くのよ」 「え、オレ?由羅と莉玖で行ってこいってことじゃねぇの?」 「違うわよ。莉玖は私が預かるから、二人で行ってらっしゃい。ちなみに、二泊三日よ」  ……どゆこと? 「姉さん、まずは経緯(いきさつ)を説明してください」 「あぁ、そうね。実は昨日ね、商店街の福引をしたのよ」 「福引?」  セレブも福引するのか……   「うちで働いてくれてるサチコさんたちがね、商店街で買い物をした時にもらった福引券や福引補助券を貯めておいてくれて、うちの子どもたちに引かせてくれるのよ。たいていはハズレだけど、昨日は珍しく一路(いちろ)がそれを引き当てたの」 「ほぅ。スゴイじゃないですか」 「でしょう?でもね、一路はそれじゃなくてお菓子の詰め合わせが欲しかったみたいで、せっかく特賞を当てたのにがっかりしちゃって……」 「あ~……」 「一路も当たったのは嬉しかったみたいだけど、貰ったのがペラペラの封筒だったから、子どもにしてみればいまいちだったみたい」  杏里がその時のことを思い出したのかクスクスと笑った。 「で、なぜその券を私たちに?」 「せっかく一路が当てたんだし、杏里さんたちが行った方がいいんじゃないの?」 「もちろん、最初は家族で行こうかって話にはなったのよ。……ところが、よく見るとその券って期限が来月末なのよ。残念ながら、うちは旦那も子どもたちも来月いっぱいまでもう予定が埋まっているから期限内に出掛けるのは無理なの。でもあなたたちなら、響一の仕事が休みの時を狙えば行けるでしょ?」 「そりゃまあ……わかりました。それじゃあ休みが取れるように調整します」 「いつ行くかわかれば教えて頂戴。莉玖を迎えに来るわ」 「はい」  う~ん……由羅の休みの日はオレの休日でもあるんだけどな……  まぁ、休日出勤すりゃ別の日に休日くれるからいいけど……あれ?ちょっと待てよ?この場合も休日出勤になるのか?莉玖はいなくて、オレと由羅だけ……?って、それってもしかして……俗にいうデー……ぇえええええええっ!? 「ああああああのっ!せっかくだし、莉玖も連れて行きたい!!」 「え?」 「ん?」  オレが急に大きな声を出したので、二人が同時にこちらを見た。 「あ、えっと、ほら、この数か月はさ、由羅が入院したりオレがやらかしたりとかでゆっくり莉玖と関わってやれなかっただろ?杏里さんにお願いしてばっかりで!だから、ほら、せっかくの旅行だし、正月に旅行に行った時より莉玖もちょっと大きくなったし、あの、どうせなら三人で行きたいな~って……」  由羅と杏里は、早口でまくしたてるオレに呆気に取られていた。  いやもう、自分でも何言ってんのかわかんねぇよ!?  ただ……由羅と二人っきりで温泉……しかも二泊三日とか……そんなデートみたいなの、一体どうすりゃいいのかわかんねぇんだよっ!!  ここは何が何でも莉玖を連れて行く流れに持って行かなきゃ!!――……  ……ということがあって、オレたちは三人でこの温泉旅行に出かけたのだった。 ***

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