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癒しのお憑かれ温泉旅行 第281話
『は~い、それじゃ莉玖、いただきますしましょうか!』
莉奈がニコニコしながら莉玖にいただきますを促した。
「いちゃまちましゅ!」
『きゃ~!可愛い!うちの子世界一!!いや、宇宙一ね!!可愛い莉玖くんはなにが食べたいですか~?』
「こえ!――」
『はい、あ~ん!』
莉奈はひとりで親バカを炸裂させながら、嬉々として莉玖の口に料理を運んだ。
数週間前、莉奈は庵で住職に霊力をわけてもらって実体化し、久々に莉玖と触れ合うことができた。
だがそれは一時的なもので、家に着く頃にはもう莉玖に触れることはできなくなっていた。
その莉奈がなぜまた実体化しているのかというと、もちろんまた霊力をわけてもらったからだが……その相手はオレでも由羅でもない。
「カーッ!風呂上りの酒はうまいねぇ~!」
「師匠……師匠の部屋は隣でしょう!?なぜここで食べているんですか!?」
「なぜって、食事はひとりで食うよりみんなで食う方がうまいだろ?」
「それはそうですが……って、さりげなく私の夕食を横取りしないでください!師匠は自分の分があるでしょう!?」
「ちょっとくらいいいじゃねぇか、あんまりケチ臭いこと言ってるとモテねぇぞ?」
「モテなくても結構です!師匠は自分の分を食べてください!あ、こらっ!!――」
「隙ありぃ~!お、うまいなコレ」
莉奈に霊力をわけたのは、由羅の夕食をつまみつつ酒を呑んでご機嫌なこの男。
由羅の師匠である月雲 だ。
***
約一時間前――
「うわ~!やったね莉玖!貸し切り状態だな!」
「お~!ちゃっぷちゃっぷ!」
「わかったわかった、ちゃんとかけ湯をしてからな!」
「こっちは空いているみたいだな」
この宿には大浴場が二か所にあるらしい。
夕食前ということもあってか客室に近い方の大浴場はひとが多かったので、オレたちは少し離れた奥の露天風呂にやってきた。
夕食まで時間がないのであまりゆっくりはできないが、部屋にも露天風呂はついているし、二泊するのでまた後でゆっくり入ればいい。
「う~ん、莉玖にはちょっと熱いかなぁ……莉玖どう?あちちか?」
お湯の温度はわからないが普段入っているお湯よりも熱く感じたのでちょっとずつお湯をかけて慣らしつつ様子を見る。
「あ~の!ちゃっぷちゃっぷ!あっちっち~!あっちっちね~!」
オレが抱っこして一緒に腰までお湯に浸かった莉玖はオレの心配をよそに大喜びで水面をパンパンと手で叩いた。
「莉玖、お湯を叩くのはやめなさい!パパにかかっているだろう?」
「きゃっきゃっ!ぱっぱ!ちゃっぷちゃっぷ!」
由羅の顔にお湯がかかったのを見て莉玖が更に水面を叩く。
「うん、お湯の温度は大丈夫そうだな」
「綾乃!私が大丈夫じゃないぞ!?」
「え?あぁ、まぁ他に人いないしいいんじゃねぇの?」
オレはニヤリと笑うと、両手で水鉄砲を作って由羅の顔に向かってお湯をピュッと飛ばした。
「ぅぶっ!あ~や~の~!……待てこらっ!」
「あははっ!」
「なんだぁ~?どこかで聞いた声だと思ったら……ゆらりんとあやりんじゃねぇか」
三人で軽くお湯をかけあってはしゃいでいると、突然露天風呂の奥から声がして湯けむりの中からひとが現れた。
「ヒェッ!?あ、あの、すみません!他にひとがいるとは思わなくて騒がしくしちゃ……って?」
露天風呂には他に人影がなかったのでてっきり三人だけだと思い込んでいた。
驚いたオレは人影に謝りつつも、莉玖を抱きしめて思わず由羅の背中に隠れた。
だが……
ん?ゆらりん?あやりん?
オレたちのことをそう呼ぶのは……
「やはり、師匠でしたか。急に出て来ないで下さい。綾乃がびっくりしてるじゃないですか」
「え……師匠って、月雲さん?」
「そうだよ~ん。久しぶり~!」
由羅の肩越しに覗くと、そこにいたのは紛れもなく月雲だった。
え、なんでここに月雲さんがいるんだ!?
偶然!?たまたま!?
「久しぶりって……つい先日会ったばかりじゃないですか……それで、師匠はここでなにを?」
「俺は風呂に入りに来たんだよ。そういうおまえらこそ何してんだ?」
「私たちも風呂に入りに……」
「まぁ、温泉宿だしな」
「ですね」
そりゃまぁ、温泉宿だからな……ここに来る目的は温泉だよな。
でも、温泉なら他にもいっぱいあるのに、家からもあの庵からもだいぶ離れた山奥のこの温泉で会うって……確率すごくねぇか!?何かすげぇな~……
***
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