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癒しのお憑かれ温泉旅行 第284話

 それからどれくらい経ったのか……気が付くとオレは部屋に戻っていて、布団の上で由羅を押し倒している自分を。  いやいやいや、どういうこと!?  オレは由羅に乗っかる自分を他人事のように真上から見下ろしつつ、ふよふよと浮いた状態で胡坐をかいて腕を組むとう~んと唸った。  状況を把握するために一体何があったのか思い出そうと記憶を辿る。 (え~と、確かオレは大浴場の露天風呂に入って……入って……あ~~~……うん、わからん!!)  大浴場に行ったところまでは覚えているが、その後何があったのか、どうやって部屋まで戻って来たのかがわからない。  でもとりあえずこの状況は……夢って感じじゃねぇし、たぶんアレだ。  憑依(ひょうい)されたっぽいな…… (あ~くそっ!)  オレは思わず舌打ちをしてガシガシと髪を搔き乱した。  霊に身体を乗っ取られるのは初めてじゃない。  子どもの頃は風邪をひいて弱っている時などに何回か乗っ取られたことがあって、その度に死にそうな目にあってきた。  莉奈にいくら頼まれても身体を貸すのは絶対にイヤだと拒否ってきたのは、そのせいだ。  でも、ここまで完全にオレが弾かれるのは珍しいな~……まぁ、由羅が近くにいたのにオレの中に入って来たってことはそれなりに強い霊ってことか?  う~ん……って、そんな強い悪霊なら由羅が危ねぇじゃねぇか!!  なんせ由羅は霊が視えないわけだし!!   (由羅逃げっ……)  ……あれ?なんで逆になってんだ?  オレが考え込んでいる間に、いつの間にか由羅が上になってオレが押さえこまれていた。  えっと……もしかして大丈夫そう?   『あんっ……!ねぇ、もっと――……』  どうやら由羅がオレに入った霊に()られる心配はなさそうだとホッとした瞬間、やけに甘ったるい声が聞こえて来た。  ……あん?今の声って……由羅の声じゃねぇよな?  とすれば……の声!?   (まって、由羅さん!?に何してんの!?)    慌てて下におりて二人の様子を覗き込むと、と由羅は熱烈なちゅうの真っ最中だった。   (おいいいいいいいいっっ!?)  てっきり悪霊に()りつかれたが由羅を殺そうとしているとばかり思っていたオレは、予想外の光景に唖然とした。  え、何がどうしてこうなったんだ?っつーか、自分のキス顔とか見たくなかったあああああっ!!何だよあのしまらねぇ顔はよぉおおおおお!!いや、わかるよ?由羅のキス気持ちイイし……ってことはオレもあいつにキスされた時あんな顔してたのかよ……で、由羅はそれを見てたわけで……うわっ、何それ最悪……恥ずっ!……っつーかもういっそ誰か殺してくれえええええ!!  オレは絡み合う二人の横でがっくりと項垂れた。 *** 「……綾乃……おい、メイ!!」 (はいぃいいっっ!!)    急に由羅に名前を呼ばれたオレは条件反射でピシッと背筋を伸ばし大きな声で返事をした。  と言っても、由羅にはオレの声は聞こえないんだよな…… 「いつまで他人に好き放題させておくつもりだ!?いい加減に主導権を取り戻さないとこのまま抱くぞ!?」  ……はへ?  由羅はの顎を手で掴んで押さえ込むと、めちゃくちゃ不機嫌な顔でそう怒鳴った。  ん?今のってどういう意味だ?このまま抱くって……抱……く?……ぇえっ!?  由羅が悪霊に()られるんじゃなくて、オレが由羅に()られるってこと!? 「5秒以内に戻らないと実行するからな。後で文句言っても知らんぞ。5……4……3……」  混乱するオレを無視して由羅がカウントダウンを始めた。 『文句なんて言わないってば。抱いていい……』 「……わけあるかあああああああああああっ!!!」  オレに入った霊が勝手にOKしようとしたので慌てて自分の身体に飛び込み、思いっきり膝を蹴り上げた。 「う゛っ……」 「……あ、あれ?由羅?」  目を開けると、上に乗っかっていたはずの由羅がいない。  上半身を起こすと、オレの横で由羅が悶絶していた。 「~~~~っ……ゲホッ……メイ……ゲホッ!もど……ったか?」  由羅が腹を押さえて咳き込みつつ声を絞り出す。 「え?あ、うん……って、由羅何やってんの?」 「お前がっ……ゲホッ!急に腹に……ゲホッ」 「あ゛……」  霊に向かって蹴り上げたつもりが、由羅の腹を思いっきり膝蹴りしてしまったらしい。 「ご、ごめん!!すみません!!申し訳ございませんでしたぁあああああ!!……あの……大丈夫か?」  とりあえず布団の上で土下座をして謝ると、畳の上でうずくまっている由羅の背中を擦る。  大丈夫じゃねぇよな、それ……めちゃくちゃ痛そう……ひぃ~~ん、ごめんなさああああい!!悪気はなかったんだよぉおおおお!! 「もう大丈夫だ。それより、(あいつ)は?」 「え?あぁ……え~と……」  由羅に言われて周囲をキョロキョロと確認すると、蹴り出したはずの霊が見当たらなかった。  消えた?逃げた?それとも…… 『ここにいるわよ。あ~もう!何で戻って来ちゃうのよ!もうちょっとだったのにっ!』  頭の中に直接声が響いてきた。 「あ、まだオレの中に入ってるっぽい」  オレが身体に戻ったら霊は中から追い出せると思っていたのだが、一度身体を完全に乗っ取られていたせいかオレの霊力では中から弾き出すことは出来なかったらしく、奥に追いやっただけになっているらしい。   「そうか。それじゃ師匠が来るまでもうしばらくそのまま中で押さえておけ」 「え?あぁ、了解!」  月雲は何やら用事があるとかでどこかに出かけたらしい。  由羅が電話をすると、月雲が慌てて戻って来た。 「あ~らら~……」  由羅から話を聞いた月雲は、オレの目を覗き込んで爆笑した。   「うん、完全に憑依してるねぇ~……予想外ではあるけど……まぁちょうどいいか」  ちょうどいいって何がっ!? 「ゆらりん、ちょっと……」  オレから離れた場所で二人がコソコソと何やら話し合いを始めた。  霊はオレの中に入っているので、オレに聞こえない位置だと霊にも聞こえないらしい。  月雲の霊力でも感じたのか、オレの中の霊が月雲が入って来た辺りから急に焦り始めていた。  慌ててオレから出て行こうとするのを、必死に中に押し込める。  普通は外に弾き出す方に霊力を使うので、逃がさないようにするのは感覚がよくわからなくて難しい。  由羅ぁ~~!まだかよ~?早くしてくれぇ~~!! 「お~い、あやり~ん」 「何ですか~!?もう何でもいいから早くしてぇ~!!」 「うん、それじゃあ……俺とゆらりん、抱かれるならどっちがいい?」 「……ハァ――ッ!?」   ***

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