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癒しのお憑かれ温泉旅行 第292話
「え……個室って……ここ?」
「そうだ」
オレは連れて来られた部屋を見てちょっと戸惑った。
チェックインの時に朝食と昼食は食堂に用意してくれると聞いていたので、昨夜、大浴場に行く時にチラッと食堂の位置も確認しておいた。
だが、由羅たちが向かったのは、食堂とは別の建物にある個室だった。
客室というよりは飲食店の個室の座敷席のような感じではあるけど……じゃあ食堂に用意するって言ってたのは何だったんだ?なんか予定変更があったのかな……
「だから他人に見られることはないと言っただろう?」
由羅は個室に着くとようやくオレをおろした。
「そうだけ……どっ!?」
オレは床に足を着いて踏ん張った。……つもりだったが、そのまま膝カックンをされたかのようにストンと座り込んでしまった。
……ぇ……!?ななななに!?なんでっ!?
「大丈夫か?ほら、ちゃんと座布団の上に座れ」
「……へ?……あっ!わ、わかってるよ!」
一瞬何が起こったのかわからず放心してしまったが、由羅の声で我に返ると由羅が差し出してくれていた手を振り払った。
「……ひとりで動ける!」
ちゃんと立てなかった自分が恥ずかしくて、悔しくて、ちょっと由羅に八つ当たり。
気合いで座布団の上まで這って移動した。
由羅は怒る様子はなく「やれやれ」という顔で少しため息を吐くと、オレの向かい側に座った。
くっそ~!なんでこんなに身体がダルイんだ……
いくら初めての行為だったとはいえ、体勢的にはそんなにキツくはなかった……と思う。
だいたい、家事や育児は体力勝負なので普段から結構運動はしているし、莉玖と一緒にリズム遊びや柔軟運動もしている。
それなのに動けなくなるくらい筋肉痛になったのが解せない……尻は別として。
オレって身体強い方だと思ってたけど弱いのか!?
ハッ!?それとも、オレが知らないだけで実は経験済みの人たちはみんなめちゃくちゃ鍛えてるのか……!?
なんか特殊な鍛え方とかあんのかな……後で調べてみよう……
***
「あ~の、ぱったぱった ?」
「ん?」
グルグル考え込んでいると、莉玖がオレの背中にしがみついて来た。
オレがハイハイをしていたのでお馬さんごっこをして遊ぶのかと思ったらしい。
「あぁ、いや……お馬さんじゃないぞ。これからご飯だからお馬さんはまた後でしような」
「や~ん!あ~の~、ぱったぱったちよ~?」
莉玖がオレの背後からぴょこんと顔を出して、ちょっと小首を傾げながら上目遣いで覗き込んできた。
くっ!!萌っっ!!!
こら莉玖!誰にそんなあざとい仕草おしえてもらったんだ!?可愛すぎて思わず「いいよ」って言いかけたじゃねぇかっ!!
「んん゛、莉玖。おうまさんもいいけど、綾乃はお腹が空いちゃったな~。ほら、お腹がグゥ~って鳴ってるだろ?遊びたいけどお腹が空いて力が出ないな~……」
「え~!?」
「おうまさんは、ご飯食べてお腹が元気になってからでもいいか?」
「ぅ~ん……ポンポン……?」
本当に鳴ってるのか?と疑わしそうな顔でオレのお腹に耳を当てた莉玖は、自分のお腹もナデナデしてハッとしたように顔を上げると、
「あ~の!り~ちゅんのポンポン、ぐぅ~~!ね~!いっちょね~!!」
と、大発見でもしたかのように嬉しそうな顔で自分のお腹も鳴っているとアピールしてきた。
「え?あぁ、そうだな!綾乃と一緒だな~!」
って、今鳴ったのはオレの腹だけどな?
「ブハッ!!」
もう酒を呑み始めていた月雲が、このやり取りを見て思わず吹き出した。
「そっかそっか、おチビちゃんの腹も『おなかすいた~!』って鳴ってるか~。それじゃおチビちゃんもいっぱい食べないとな!」
「あい!」
莉玖はすっかり食べる気になったらしく、自分で幼児用の椅子に座るとさっそく手を合わせて「いちゃまちましゅ!」と挨拶をしてスプーンを握った。
「お、莉玖えらいぞ!って、ちょいとお待ちを!」
オレは由羅と顔を見合わせて苦笑しつつ急いで莉玖にスタイをすると、オレたちの料理の中から莉玖が食べられそうなものを見繕って取り皿にわけていった。
「はい、お待たせ!いただきます!莉玖、お汁はまだ熱いからちょっとフーフーしておこうな。こっちは食べて大丈夫だぞ」
「あ~い!――」
***
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