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癒しのお憑かれ温泉旅行 第294話

 昼食後、オレたちは最初に入った奥の露天風呂に向かった。  自分で歩けないのは憑依されたせいだとわかったものの、さすがに温泉の方に行けば他の利用客と会わないわけがないので、抱っこされて行くのは恥ずかしい。  部屋にも露天風呂はあるし、オレは部屋で莉玖たちと大人しくしているから由羅たちだけで行って来いと言ったのだが…… 「な~に言ってんだ?動けないから入るんだよ!奥の露天風呂は昔から万病に効くって有名なんだぞ?手前の露天風呂や客室の露天風呂とは泉質が違うから、早く治したかったら尚更奥の露天風呂に入っとけ!」  と月雲に言われ、抵抗も虚しく由羅に抱っこされて連れて来られた。  昼過ぎなのでもう少し人がいるだろうと思っていたのだが、奥の露天風呂は昨日と同じくあまり人は入っていない様子だった。  少し離れているからかもしれないが、本当に万病に効くっていうならもっとみんなこぞって入りに来るんじゃなかろうか…… *** 「綾乃、ひとりで脱げるか?」 「それくらいできますぅ~っ!」 「そうか」  ちょっとむくれながら返事をしたオレに由羅が苦笑した。  こっちは笑い事じゃねぇっつーの!!  それに、別にこれは強がっているわけじゃない。浴衣だから脱ぐのは簡単なのだ。  長椅子に座って自分で脱ぐと、軽く畳んでカゴに入れる。  手前の露天風呂の脱衣所はロッカーも新しくて鍵が出来るタイプだったが、奥の露天風呂は昔の銭湯スタイルでカゴに入れておくだけだ。  ちょっと不用心だし、脱衣所も露天風呂も古いから若い人はあんまり来ないのかな……? 「よし、脱……あ!」  ……っと、そうだった。これはつけておいた方がいいか……  昨夜、ブレスレットを外したせいでひどい目にあったので、今回はブレスレットはつけたままにした。  今は由羅たちが一緒にいるから大丈夫だとは思うが……一応ね…… 「先行くぞ~」  サッサと浴衣を脱いだ月雲が、タオルを肩にかけて露天風呂に向かった。  由羅も同じくサッと浴衣を脱ぐとカゴに放り込みタオルを腰に巻いた。  オレもタオルを腰に巻きながら、ふと気づいた。  あれ……オレ脱衣所から風呂まで……どうやって行けばいいんだ?  もしかして……もしかしなくても…… 「じゃあ行くか」  由羅は裸になったオレを普通に抱き上げた。  ですよねえええええええええええっっ!! 「ちょ、待って!!オレ、自分で行けるっ!!あの、ここからならそんなに遠くねぇし!!ほら、さっきみたいに這っていけば……」  かなり気合は必要だが、昼食の個室でも少しなら這って移動できたから…… 「……ん?すまない、耳の調子が悪いようだ。あ~残念だなぁ、綾乃が何を言っているのか全く聞こえん」 「おいこらあああああああっ!!」  この至近距離で聞こえないってどういうことだよっ!? 「もう!由羅!!冗談言ってないでマジで下ろしてって!」 「ここまで抱っこで来たんだから今更照れることもないだろう?」 「だって……は、裸だし……」 「風呂だからな」  そういうことじゃなあああああああい!!  由羅の裸は見たことあるけど、離れて見るのと触れ合うのは違うんだよっ!  浴衣を着てる時と違って、素肌が触れると……昨夜のことがちょっと頭をよぎる。  最後まではしてないにしても……抱かれたことにはかわりねぇし……意識しない方がおかしいだろ!? 「別に裸の綾乃を運ぶのは初めてじゃないぞ?」 「えっ!?」 「昨夜も大浴場でぶっ倒れたと連絡をもらって綾乃を迎えにいったし、家でも風呂で溺れかけた綾乃を運んだこともあるしな」    そうでしたねっ!!  って、いやそれどっちもオレには意識ねぇしっ!!  オレが覚えてないやつはノーカンなんだよっ!!  それにどっちも由羅は服着てんじゃねぇかっ! 「だから下ろせってばっ!」 「つまり、この場合キツイのは全部覚えている私の方なんだが……?」 「あ゛?」  由羅が何やらボソリと呟いたが、オレにはよく聞き取れなかった。 「いやなんでもない。とにかく、話なら風呂の中(そっち)でゆっくり聞いてやるから……」 「今すぐ聞いてっ!?」 「綾乃、暴れると転ぶから大人しくしてくれ。私の足が滑って転んだら二人とも大けがするぞ?」 「ひぇっ!?」 「こらこら、そこの二人!うるせぇぞ!他の人の迷惑になるだろう?あやりんも往生際が悪いぞ。動けねぇんだから諦めろって」 「ぅぐぅ……すみません……」  先にかけ湯をしていた月雲に叱られてシュンとなっている間に、オレは由羅に湯をかけられて風呂に放り込まれていた。 ***

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