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癒しのお憑かれ温泉旅行 第295話
「仲が良いねぇ」
「え?あっ!……す、すみません、騒がしくして……」
ふくれっ面で温泉に浸かっていると、先に入っていた老人に声をかけられて慌てて頭を下げた。
なんかオレこの風呂に入る度に誰かに謝ってる気がするな……
「いやいや、構わないよ。きみは初めてかい?」
「あ、はい、ここに来るのは初めてで……」
「そうじゃなくて……つかれるのが、だよ」
「……え……?」
つかれるって……疲れるのこと?
いや違うな……これは……
「憑かれていたんだろう?まだちょっと気配が残っているからねぇ」
「あの……?」
まさかこの人も視えるのか?
自分たち以外にも視える人がいるとわかっていても、実際に会ったのは初めてなのでそういう人との関わり方が分からない。
得体の知れない相手に簡単に返事をしてもいいのか?
……っていうか、このひとって……生きてる?さすがに霊じゃねぇよな!?
「おや、ちょっとそれ見せてごらん?」
「え?」
老人がオレの腕をグッと掴んでブレスレットに触れようとしたので、思わずその手を振り払った。
顔は笑っているのに、何となくイヤな感じがしたからだ。
「あ、すみません!えっと、ちょ、ちょっとビックリして……ぅおっ!?」
思わず近くにいるはずの由羅を探して視線を泳がせていると、背後から伸びて来た腕が腰に巻き付いてグイッと後方に引っ張られ、背後から抱きしめられた。
「へ!?な、なんだ!?由羅!?」
慌てて後ろを見ると、由羅が背中に抱きついていた。
なんでオレは由羅に捕獲されてんだ?
オレが由羅に捕獲されて動けなくなっている間に月雲がオレと老人の間に割り込んできたので更に驚く。
しかも、由羅と月雲の表情が険しい。
え、なにごと!?オレ、また何かやらかした!?
「大丈夫か?綾乃」
「え?あ、うん。って、何が?」
イマイチ何が起こったのか把握できていないオレに、由羅がちょっとため息をついて、フッと微笑んだ。
「何もないなら別にいい」
「あ、そう?っていうか……月雲さん、どうしたんだ?」
オレは声を潜めて小さく月雲の背中を指差した。
由羅は何も言わずにチラッと月雲と老人を見ると、「たぶん大丈夫だ」とだけ答えた。
だから、何が!?
え、もしかしてこの老人って霊なのか!?
***
「なんだ、誰かと思えば……あんたも来てたのか」
固唾を飲んで見守っていると、月雲がいつもののんびりした声で老人に話しかけた。
ん?知り合いってことか?
「やはりそれは月雲が渡したものだったか。久しぶりだねぇ、元気そうで何よりだ」
老人がニコニコしながら月雲に挨拶をした。
「あんたもな。あやりん、警戒しなくても大丈夫だぞ。このじじいはかなりひねくれてるけど、一応腕のいい祓い屋だ。一応な」
月雲がチラッと振り向いてオレに向かってウインクをし、老人について話してくれた。
「へ!?祓い屋?……ってことは……あっ!月雲さんと同業ってこと?」
「まぁ……そういうことだな」
月雲がちょっと微妙な顔をする。
一口に祓い屋と言っても、いろいろとあるらしい。
「ところで……あんた、いつからここにいる?」
月雲の声がちょっと低くなった。
「そうさねぇ、今回はまだ2週間程だね」
月雲がわざと大きな音で舌を鳴らした。
いつもヘラヘラしているところしか見ていなかったので、オレはちょっと驚いて思わず由羅の腕をぎゅっと掴んだ。
「2週間ねぇ……あんた、なんで霊 を放置してたんだ?あんたがいる間にも被害は出ていたはずだ。あんたならあれくらいの霊、簡単に祓えるだろう?」
そうか、祓い屋ってことは、この人もキャサリンさんをお祓い出来たのか。
ん?今の話が本当なら、この人はお祓い出来るのにしてなかったってことなのか?
だから月雲が怒ってるってこと?
「あぁ、被害は出ていたがねぇ……仕方ないだろう?あの色情霊が狙うのは若くていい男ばかりだ。わしのような老いぼれには興味ないと言われてしまってなぁ。ほとほと困っていたんだが、ふと、月雲のことを思い出したんだ。わしよりも断然いい男の月雲ならあの色情霊も納得するだろうと思ってな」
老人がにっこりと笑った。
それを見て月雲が「この古狐が……っ」と呟く。
「……断然いい男ってのは否定しないが、つまり、俺に仕事回してきたのはあんたか……まどろっこしいことせずにあんたが直接言ってくりゃいいだろ?」
「わしから言っても来ないだろう?」
「秒で断る」
「それみろ。だから遠回しに月雲という祓い屋に依頼するようにここの主人に教えてやったんだ」
「余計なことを……」
月雲が苦虫を嚙み潰したような顔で老人を見た。
そんな月雲を見て老人がさも楽し気に笑った。
「タダでここに泊れるし、恩も売れるし、祓い料も貰えるんだ。良かったじゃないか」
「それで?あんたはここの主人から紹介料をいくらぶん取るんだ?」
「それは秘密だ」
「ったく……相変わらずいい性格してやがる」
「ハハハ。どうやら、そこの坊やに入ったみたいだねぇ」
「まぁな」
「坊や、災難だったねぇ」
老人がオレに話を振って来た。
さも気の毒そうに言ってるけど、今の月雲との会話からすれば、オレがキャサリンさんに憑かれたのはこの人がさっさと祓わなかったせいってことか?
「はぁ……まぁ……」
何となくモヤっとして、曖昧に返事をする。
「ゆっくりこの温泉に浸かりなさい。そうすればすぐに良くなるよ。それじゃあ、わしはそろそろ出ようかね」
「次は直接言って下さいね。後、あんたの分の紹介料もこっちに半分回して貰いますから」
「半分!?おいおい、それはないだろう!?」
「何もしてない人に言われたくないですねぇ。半分は彼への迷惑料ですよ」
「やれやれ……わかった今回は仕方ないか。坊やが身体を張ってくれたようだしねぇ――」
月雲と老人はしばらく報酬金についてのやり取りをしていたが、やがて話がついたのか老人がしかめっ面で風呂から出ていくのを月雲が「毎度あり~!」と満面の笑みで見送っていた。
どうやら月雲は古狐よりも強いらしい……うん、絶対敵に回したくねぇな……
***
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