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癒しのお憑かれ温泉旅行 第296話

「やれやれ……」  月雲はオレたちのところに戻って来るなり、「あやりん、あのじじいに触られたところ、ちょっと見せてみな」と言ってきた。  ブレスレットをつけている方の腕を出すと、何やらジッと眺めてブツブツと呟く。  何やってんだ?と目顔で由羅にたずねてみるが、由羅まで真剣な顔で月雲と同じようにオレの腕を見ていた。  なんなんだ? 「見つけた」  月雲が呟いたと思ったら、ブレスレットに手をかざして何やら唱え始めた。 「え、何!?」 「シッ!綾乃、大丈夫だからじっとしてろ」  由羅に静かにするよう言われて慌てて口を閉じる。  いやいや、何やってんのかくらい教えてくれてもいいんじゃねぇの!?  オレだけわかってないの怖いんですけど!? 「ほい、捕まえた」  月雲が何もない空間をギュっと握ったと思ったら、その手に紙のようなものが握られていた。 「ったく、油断も隙もねぇ!」  月雲がそのままちょっと手を振ると、月雲の手の中でその紙が燃えて消えた。  ん?燃えた……? 「ええっ!?ちょ、今の何!?なんで燃えたんだ!?」 「今のは形代(かたしろ)だ」 「カタシロって何?」 「ん~、紙を人形(ひとがた)に切ったもの」 「いや、そうじゃなくて……」 「まぁ……依り代の一種だな」 「なんでそんなものが……っていうか、どこから出て来たんだ!?オレの腕!?」 「あぁ、さっきのじじいがブレスレットに仕込んでいったんだよ」  月雲が言うには、先ほどの老人はこの界隈では結構有名な陰陽師らしい。  腕はいいのだが面倒くさがりで、楽して儲けるをモットーとしている。  だから、お祓いを頼まれると大抵が今回のように自分ではせずに誰かを紹介して、紹介料をせしめるらしい。 「あのじじいが最も得意なのは呪詛なんだ。まぁ、リスクが高いからほいほい引き受けることはしないみたいだが、そんなことを頼むような連中は金を惜しまねぇからな。年に数回引き受けるだけで生きて行くのに十分な報酬を得られるってわけだ。だから普段はそんなに儲ける必要がねぇんだよ。というわけで、今回のじじいの紹介料は8:2でこっちに回してもらうことになったからな!」  月雲がどや顔で指で8を作った。  半分と言っていたのにいつのまに8:2になったんだ……?  っていうか…… 「呪詛って……呪殺のこと?」 「ん~、まぁ、そこまで頼むやつはなかなかいないけどな。ほとんどはちょっと苦しめる程度だ。呪いっつーのは厄介なんだよ。安易に手を出していいもんじゃねぇんだ」  あんなに人のよさそうなじいさんがそんなことをしているだなんて……人は見かけによらねぇな~…… 「え、ちょっと待って!?じゃあもしかして今のカタシロって……」  オレ呪われたの!? 「あぁ、心配すんな。これはただの式神だよ。まぁ……監視カメラみたいなもんだな。このブレスレットをつけてたからあやりんが俺と親しいって気づいて、あわよくば俺の弱みでも握ってやろうと思ったんだろうな。ま、ただの嫌がらせだ」  月雲があっけらかんと言い放った。 「嫌がらせ……」 「そそ、ただの嫌がらせ。まぁ、こんな単純なのに引っ掛かるような俺じゃねぇから、嫌がらせにもなってねぇけどな」 「はぁ……」  何でもないことのように話してるけど……もしかして、月雲たちはあのじいさんがオレに何かしようとしてるって気づいたから慌てて助けに入ってくれたのかな……?  って、いやいや喜んでる場合じゃねぇし!!  助けに入ってくれたのは感謝してるけど、祓い屋同士のいざこざにオレを巻き込まないでいただきたい…… *** 「ところで月雲さん……オレさっきから気になってることがあるんだけど……」  オレは笑顔で月雲の腕を軽く掴んだ。   「なんだい?他にも触られたか?一応腕は全体的に確認したからもうないと思うけど……」 「いや、そうじゃなくて……さっき、あのじいさんが月雲さんにここでの仕事を回したって言ってなかった?」 「うん、そうだよ?」 「ってことはさぁ……月雲さんもここにキャサリンさんがいるってことを……」 「知ってたぞ?」  悪びれもなく答える月雲に、オレは笑顔のまま一瞬固まった。  そうだよな?知ってたってことだよな?  じゃあ…… 「……なんで教えてくれなかったんだよぉおおおおおおおおっ!?先にそういうのがいるって教えてくれてたら、オレももっと警戒してたのにぃいいいいいいいっ!!」 「何言ってんだ。あやりんは霊に好かれやすい体質してるんだから、警戒は常にしておけよ。霊なんてそこら中にいるんだからな」 「ごもっともおおおおおっ!!」  その通りですけどぉおお!!でもさぁ~、由羅が傍にいれば大丈夫だって思うじゃんか……  まさか、由羅の霊力がまだ回復しきってなくて守護できる範囲が狭まってるとか、だからオレや莉玖を護る霊力はブレスレットが補ってたとか……そんなの知らねぇし……  先ほど昼食を食べながら、「そもそも客室から露天風呂くらいまでの距離なら由羅の守護霊のおかげでオレたちに霊が近寄って来ることは出来ないはずだろ?それなのに、どうしてオレにキャサリンが近寄って来ることができたんだ……?」と聞いたら、月雲にそう言われたのだ。  つまり、守護範囲が狭まっている由羅から離れていたのに温泉に入る時にブレスレットを外してしまったせいで、オレには由羅の守護が一時的に届かない状態だったこと、その上、オレ自身が霊の呼びかけに答えてしまい中に呼び込んでしまったこと、が原因だと。    それ早く言ってよぉおおおおおおお!!知ってたらブレスレット外さなかったし!? 「綾乃、ブレスレットは風呂でも外すなよ」 「遅ぇよっ!!」  オレは悔し紛れに由羅の顔にパシャっとお湯をかけた。 ***

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