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癒しのお憑かれ温泉旅行 第297話

――綾乃、私にお湯がかかってるぞ」 「かけてんだよっ!わざとだよっ!って、こらっ!オレの肩で顔を拭くなああっ!」 「おいおい、仲が良いのはわかったから、イチャイチャするのは部屋でしてくれ」  オレが由羅にお湯をかけまくっているのを見て、月雲が呆れ顔で笑った。 「イチャイチャしてねぇしっ!!」 「ハハハ、その体勢で言っても全然説得力ねぇぞ~」  確かに説得力はない……かも?なんせオレはまだ由羅に背後からされた状態だ。  上半身をちょっと捻って肩越しに後ろの由羅にお湯をかけているので、傍から見れば仲が良さそうに見えるのかもしれない。  でも……これはじゃれているわけではなく…… 「だって由羅が離れてくれねぇんだよ!もぉ~!いい加減に手を離せってば!」  顔が濡れれば普通は無意識に拭おうとするものだ。  それを狙ってのことなのに、由羅はオレにお湯をかけられてもちょっと顔をしかめて背けるだけで、頑なに手を使おうとしない。  しかも、オレの肩に顔をすりつけて拭おうとするのでくすぐったい。  っつーか、さっきのじいさんに絡まれるまでは由羅もオレのこと放置してたじゃねぇか!何で急に…… 「それは……風呂の中まで一緒にいると綾乃が嫌がるだろうと思って離れていただけだ」  おぅ、よくわかってんじゃねぇか。 「だが少し離れただけであんな変なのに絡まれるようでは危なっかしくて……とてもじゃないがひとりにはできん……」  ん? 「霊も厄介だが、祓い屋はもっと厄介なんだ。師匠を見てもわかる通り、変わり者が多いからな」 「お~?俺いま、弟子にディスられてる?」 「私の霊力もまだ戻ってないし、ひとりにするとまた変なのに絡まれるかもしれないから離れるのは無理だな」  いや、さっきのじいさんは人間だから由羅の霊力は関係ないと思います!  でもまぁ……由羅が心配してくれているのはわかっているので、オレは軽くため息を吐いて由羅の頭をポンポンと撫でた。 「あのさぁ、由羅。そうは言ってもここまで密着する必要はないだろ?心配なら隣に座ればいいだけじゃねぇか。それに今はブレスレットしてるから大丈夫だって!さすがにもうキャサリンさんみたいなヤバいのはいないだろうし……え、いないよな?もしかしてまだいるの!?」  言いながら不安になって月雲を見た。 「いや、さすがにあそこまで強力なのはいない。ただ、この周辺に他の霊がいないのはキャサリンがいたせいだから、これからはまた他の霊がここに寄って来るかもしれねぇな」 「うげ……」  キャサリンは一見そんなに悪霊っぽくはないが、一応三大欲求の一つでもあるに特化していたので霊の中では強い……らしい。  キャサリンのような強力な霊は、周囲の霊を取り込んで大きくなっていく。だから取り込まれないように他の霊は近寄らなくなるのだとか。 「あぁ、キャサリンといえば……さっきの続きだけど、色情霊がいることはゆらりんも知ってたぞ」  オレたちを茶化すのに飽きたのか、月雲がマイペースに話を戻した。 「はあ!?由羅は視えないんだろ?」 「視えないけど俺が話した」 「なんで由羅にだけ!?」 「先にゆらりんに話して、ゆらりんからOKあやりんに話そうと思ってな」 「ん?」  由羅からOKが出たら?何の話? 「綾乃、私が師匠からその話を聞いたのは昨日の夕食後だ」 「夕食後……?あ、あの時か!」  莉玖とお風呂に入りたい!という莉奈に連れられて隣の月雲の部屋に行っていた時だ。  たしかに、月雲と由羅はなにやら真剣な顔で話し込んでいたが……   「そうだ。あの時、師匠からこの旅館に色情霊が出ることや、それを祓う方法について相談されていたんだ。私たちに協力してくれないかとな。だが、祓う方法については内容が内容だけに綾乃の意見を聞いてからじゃないと……と思って大浴場に向かおうとしていると、綾乃がのぼせて倒れたと連絡を貰ってな。迎えに行った時には綾乃はもうすでに色情霊に憑かれていた。完全に憑依されていたせいで綾乃としている会話も霊に筒抜け状態だったから、祓う方法について詳しく説明することが出来なかったんだ……」  どうやら月雲はオレと由羅は恋人同士だから、もうとっくにそういうこともシているだろうと思っていたらしい。  それで、ひとまずオレに色情霊がとり憑くように仕向けて、で祓うつもりだったのだとか。  だからキャサリンに憑かれたオレの状態をみた時の月雲の言葉は、「(計画を説明する前にすでにとり憑かれてしまったのは)予想外ではあるけど(どうせあやりんに憑依させて祓うつもりだったから)まぁちょうどいいか」ということだったのだ。    ちなみに、月雲は昨日この露天風呂でオレたちに会った時にあの方法を思いついたらしく、莉奈を実体化させたのも、色情霊を祓っている間オレたちが安心して莉玖から離れていられるように、ということだったらしい。  まぁ、何か裏があるとは思ってたけどな……  それにしても……うん、なんていうかホントいろいろと…… 「先に言ってくれよおおおおおおおおおおおっっっ!!!」  そもそも先に由羅にだけ話す意味がわかんねぇ!オレだってめちゃくちゃ関係してるじゃねぇか!  あの時、オレはちゃんと二人に「風呂に入って来る」って声かけたよな!?  そんな大事な話をしてたんなら、その時に引き留めてオレにも話してくれれば…… 「まぁ後から考えればそうだけど、まさかあんなにすぐにあやりんが憑かれるとは思わなかったからな~。すまんすまん」  月雲がハハハと笑った。  う~……オレだってまさかあんな古典的な手に引っかかってとり憑かれるなんて思ってなかったし!!  っていうか、オレと由羅はいつから恋人同士になったんだ……?  若干気になったが、もう否定するのも面倒でその部分はスルーした。  それよりも…… 「あの……由羅、ちょっと手離して……いやもう冗談抜きで……」 「手を離したら綾乃が溺れる」    オレは子どもかっ! 「溺れねぇよ!座っても顔出てるし!って、そうじゃなくて……ちょっと頭があ……」  熱い……  急に頭がクラクラしてきて眩暈がしたと思ったら、一瞬意識が飛んで顔からお湯に突っ込んだ。 「ん?綾乃?おい、どうした!?のぼせたか!?」  由羅が慌てて助け出してくれたので何とか溺れずに済んだが……   「ぅっ、ゲホッ!!ゲホッ!!」 「大丈夫か?」 「ぅ~~……らいじょばない……ゲホッ……オエッ!」  ちょっとお湯が鼻に入った……あ゛~~鼻の奥が痛いっ! 「あらら、あやりんは長風呂できないタイプだったのか。ちょっと横になって涼みな」  月雲が持ってきてくれた水を飲んで脱衣所で横になった。  長風呂できないタイプって何!?風呂にタイプとかあんの?  普段あまり長風呂をしたことがないから、自分が長風呂が苦手なのかどうかよくわからない。お湯の温度はちょっと高めのが好きだけど……  横になっていると由羅が冷水で冷やしたタオルを持って来てくれて火照った身体を冷やしてくれた。  あ~~も~~~!オレ温泉と相性悪いのか!?昨夜ものぼせてぶっ倒れたらしいし……  だせぇな……  いや、これは由羅が悪い!!由羅が離してくれねぇからお湯から出られなかったんだし……   「すまん、もっと早く出て休憩しながら入るべきだったな……」  文句を言ってやろうかと思ったが、長椅子に横になっているオレの隣でシュンとなっている由羅を見ると怒る気も失せた。  ったく…… 「ゆら~、みずのみたい」 「水か?ちょっと待ってろ……ほら、起き上がれるか?」 「むり、おこして」 「え?あぁ、わかった」 「たおるも、ひやしてきて」 「わかった――」  オレは怒る代わりに、しばらくの間由羅をこき使ってやったのだった。   ***

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