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癒しのお憑かれ温泉旅行 第298話

 部屋に戻ってしばらく休憩したオレたちは、晩飯の後にもう一度奥の露天風呂に入った。  今度はのぼせないようにと気を付けながらじっくりと……  別に「万病に効く。早く治る」という月雲たちの言葉を信じていたわけじゃない。  オレは温泉の効能なんて半信半疑で、ぶっちゃけどうでもよかった。  ただ、温泉に来る機会なんてなかなかないし、気持ちいいから入っていただけだったのだが……なんと、翌朝目覚めると身体の痛みもひいて、ほとんどふらつきもなくひとりで歩けるまでになっていた。  温泉パワー半端ねぇな!!  もちろんお尻も…… 「痛くな~い!!」  ということは~?   「もう由羅に薬を塗ってもらわなくてもいい~!」  オレは窓を開けてちょっと霧がかった朝の山の空気を吸い込みながら仁王立ちで万歳をした。 ***  昨日はなんだかんだで結局、由羅に薬を塗ってもらった。  いや、塗ってもらったというか、有無を言わさずに塗られたんだけどな!?  でも、自分では塗ることができない状態だったから……由羅が塗ってくれて正直助かった……わけですよ……はい……  とはいえ、お尻……  物心ついてからは母さんにも見せたことないのにっ!!  他人の、しかも雇い主に見られるとか……  もうヤダっ!!オレ昨日だけで一生分の恥をかいた気がする……  あ!だけどほら、旅の恥はかき捨てとか言うし!?これもノーカン!?  って、由羅は毎日一緒にいるんだから全然かき捨てられねぇっ!!  ひぃ~ん!今すぐ記憶を抹消したいいいいいいいい!!  膝から崩れ落ちたオレは畳に突っ伏して頭を抱えた。 「おはよう。朝から元気だな……」  オレがひとりで一喜一憂ならぬ一喜して百面相をしていると、背後から珍しく眠そうな由羅の声がした。  昨夜、オレは先に眠ったが由羅は遅くまで月雲の晩酌に付き合わされていたらしく、だいぶお疲れのようだ。  せっかく温泉に来たのにゆっくりするどころかなんて……何やってんだか。  まぁオレもけどな!ははは……って、オレこそ何やってんだか……あ~泣きたい……  それはともかく! 「お、おはよ~!うん、元気だぞ!もう歩くこともでき……ひゃんっ!?……って、こらっ!尻を撫でるな!!」    オレが振り向こうとすると由羅が尻を撫でてきたので、その手をペチンと叩いた。  そりゃ由羅に尻を向けてたオレが悪いんだけれども! 「そうか、残ね……良かったな」  いま残念って言いかけた!? 「だが、痛みがなくなってもしばらくは薬を塗った方がいいんじゃないか?」 「それもそうか……あっ!でも、もう自分で塗れるからな!?」 「遠慮するな」 「遠慮とかじゃねぇよ!」 「じゃあなんだ?」 「そんなの……ふ、普通に恥ずかしいからですけどっ!?」  むしろそれ以外に理由なんてある!? 「いまさら恥ずかしがることもないだろう?一回塗るのも二回塗るのも変わらんぞ」 「いやいや、そういう問題じゃないだろ!?」  こちとら他人に尻を見られて喜ぶような性癖持ち合わせてねぇんだよっ!!  由羅だって……いや、でももしかして…… 「なぁ、由羅って尻フェチなのか?」  オレが恐る恐る聞くと、由羅は何の話だ?という風に眉をひそめた。 「……尻フェチ?いや、そんな性癖は持ち合わせていないが……」 「じゃあ、なんでそんなに尻に薬を塗りたがるんだ?」  尻フェチじゃないなら、他人の尻なんて見たくねぇだろ? 「なんでって……――っ」  由羅が軽く絶句した後、長いため息を吐きつつ上半身を起こした。 「綾乃の尻だからだろう?」 「は?オレの尻?」  オレの尻がなに? 「綾乃、私は好きでもないやつの尻を世話したりしないぞ?」 「へ?」 「私が今までセックス以外で他人のデリケートゾーンを見たのは、綾乃で二人目だ」 「え、二人目?」  それってつまり、えっち以外でシモの世話を焼きたくなるくらい好きだった相手がいたってことか……  いや、そりゃいるだろうけど!!  別にオレだけが特別だとか思ってねぇし!?一人目がオレじゃないってことがちょっと悔しいとか……思ってないし…… 「そうだ。一人目は……」 「わあああっ!!別にそんなのいらねぇよ!聞いてもどうせオレには関係ねぇし!と、とにかく、オレはもう自分で塗れるからっ!」  由羅が一人目の話をしようとしたので、思わず遮った。  なに普通に話そうとしてんのコイツ!!  過去の女の話とかどうでもいいし!! 「関係はあると思うぞ?」 「え?」 「一人目は……莉玖だからな」 「莉……玖?」  って、なんじゃそりゃあああああああああっ!!  思わせぶりなこと言うんじゃねぇよっ!子どもの話かよっ!  そりゃ莉玖のオムツ交換でシモの世話してるよな!うん、間違ってはない!  ってことは…… 「オレは子どもかっ!!」 「そんなことは言っていない」 「オレは莉玖と同じなんだろ?っつーか、紛らわしい言い方すんじゃねぇよ!!」 「どこが紛らわしいんだ?事実を言っただけだ。私が好きなのは綾乃と莉玖だからな。好きでもないやつの世話はしないと言っただろう?」  つまり、由羅はオレのことが好きだから尻の世話も別にイヤじゃないと言いたいらしい……  が、それとこれとは話が別で…… 「でもオレがイヤだ!尻なんて他人に見られたくないんだよ!」 「……そうは言ってももうすでに何回も見ているし、見るどころかソコに私のを突っ込んだんだがな……」 「ん?何か言ったか?」  由羅が小声でブツブツ言っていたが、はっきりと聞き取れなかった。 「いや、わかった。自分でちゃんと塗れるなら別にいい」 「お、おう。わかってくれたならいいけど……あ、そんじゃオレ朝飯前にもう一回奥の露天風呂に入って来る!」 「私も行く」 「もうひとりで歩けるから大丈夫だってば!!由羅は眠いんだろ?帰り運転しなきゃだし、もうちょっと寝てろよ」 「いや、睡眠よりも疲れを取るために奥の温泉に浸かっておきたい」 「そうか、まぁ温泉パワーすげぇしな!――」  というわけで、抱っこはナシで普通に歩いて一緒に温泉に向かった。  っていうか、朝っぱらからオレたちは一体何の話をしてるんだ……  起きてからの会話がずっと尻関係だったことに気付いて、オレはちょっと頭を掻いた。 ***

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