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空からのプレゼント 第307話

 莉玖がお昼寝を始めて20分ほど経って、莉奈の実体化が解けた。 『思ったよりも長く実体化できてたわね……月雲さんには感謝しなきゃね!』  莉玖の頭を撫でていた自分の手が、徐々に透けていくのを見つめながら莉奈が呟いた。 『ねぇ、莉玖もよく眠ってるし、ちょっとだけいい?』 「ん?今か?」 『うん。ゲストルームに来て』 「え、ちょ、待って!」  莉奈がリビングから出て行こうとしたので、慌てて莉玖の枕元にベビーモニターを設置した。  まぁ、莉玖に何かあれば莉奈がすぐに気づくだろうけどな…… 「それにしても、なんでゲストルームなんだ?」  オレは階段を上りながら首を傾げた。  あれ?そういえば昨日はたしか由羅の寝室は莉奈と莉玖が使っていたから、オレと由羅はゲストルームを使うことになっていたはずなのに……朝起きたら由羅の寝室で寝てたのはどういうことなんだ?  莉奈たちはどこで寝たんだろう? *** 「――莉奈~?なぁ、昨日って……ん?」  ゲストルームに入ると、オレがよく製作の準備や莉玖の記録を書くのに使っているミニテーブルが出ていて、その上に何十通もの封筒が置かれていた。 『綾乃くんにお願いがあるの。をね、莉玖に見つからない場所に隠して、が来たら渡して欲しいの』  そう言って莉奈が封筒を指差した。 「これって……」  封筒を手に取ってみると、どれも宛名は「莉玖、〇〇おめでとう」となっていた。  1歳~20歳までのお誕生日おめでとう、保育園、幼稚園、小学校、中学校、高校、大学の入学、卒業おめでとう、そして、就職おめでとうと結婚おめでとうの手紙だ。  ……どの封筒も結構な厚みがあるので、便箋も一枚や二枚ではなさそうだ。 『あのね、もう気づいてると思うから先に謝っておくわね!勝手にレターセット使っちゃってごめんなさい!綾乃くんの製作用の材料袋の中にあったやつを勝手に使わせてもらっちゃいました!あ、他にもシールとかノリとかも……』  莉奈がペコリと頭を下げた。 「え?あぁ、いや、それはいいけど……」  たしかに、この封筒はオレが保育園で働いていた時、子どもたちや保護者にいろいろとメッセージを書く時用に100均ショップで大量に買っておいたレターセットのものだった。まぁ、今はほとんど使わないし子どもが好きそうなのを片っ端から買い漁っていたから無駄にいっぱいあるので全然構わないのだが…… 「これ、全部莉奈が書いたのか?いつの間に……」 『うん……昨夜ね――』  昨夜、莉奈は由羅にいつものように由羅の寝室で三人で眠るようお願いし、自分はせっせとこの部屋で莉玖宛ての手紙を書いていたらしい。 『私ね、莉玖が生まれてから元カレ(あいつ)から逃げ回っていたせいで、莉玖にはあんまりおもちゃとか服とか買ってあげられなかったのよ。追手にすぐに見つかって一か所に落ち着けなかったからほとんどホテル住まいみたいな感じだったし……でも、莉玖を置いて死ぬだなんてこれっぽっちも考えてなかったわ。どこまででも逃げてちゃんと莉玖と生きて行くつもりだった。だから、莉玖には手紙とか何も遺してあげられなかったのよね……』  由羅に手紙を書いてあったのは、念のための保険。常に鞄に入れてこれからポストに投函するつもりでしたという風に切手も貼って……もし自分に万が一のことがあった時、警察に持ち物や手紙の中身を見られたとしても莉玖の実父に絶対知らせが入らないよう、内容にも莉玖の実父のことは書かず、可愛い甥っ子を見せに近いうちに実家に帰るからというような内容にしてあったらしい。 「え、でも由羅は莉奈の手紙で莉玖の実父のことを知ったって……」 『兄さんと姉さんにだけわかるように、ちょっとした暗号を仕込んでおいたの』  昔、莉奈が読書感想文用の本選びに困っていた時に、偶然にも由羅と杏里が二人とも同じ本を薦めてきたらしい。その本の中に出て来た暗号なので、きっと二人には気づいて貰えると信じて…… 「へぇ~……あの由羅が暗号が出て来るような本を読んでいたことにビックリだな。……なんかもっと小難しいのを読んでいるイメージしかないし」 『私も意外だったわ。でも兄さんは案外推理物とか伝奇物とか好きだったみたいよ』  とにかく莉奈が信じていた通りに由羅と杏里はちゃんと暗号に気付いたので、無事に別の場所に預けてあった本当の手紙に辿り着いたということらしい。  まぁ、それは置いといて……そんなわけで、兄姉に書いてあったのは万が一のための手紙だったので莉玖宛ての手紙は一切用意していなかったのだ。 『それでね?ふと……実体化しているんだから、今なら莉玖に何か残してあげられるじゃないの!って気づいたのよ!』  いつまで莉玖が莉奈の姿を視ることが出来るのか、莉奈の声を聞くことが出来るのかわからない。いつまで莉奈のことを覚えていてくれるのかわからない。だから…… 『本当はもっとなにか……その年齢にあったものをプレゼントしてあげた方が喜んでくれるってわかってるけど、私にはもうお金はないし、それにおもちゃなら兄さんたちがちゃんと買ってくれてるしね。お金がかからなくて夜中でもすぐに出来ることって言ったら……これくらいしか思いつかなくて……』  莉奈が事情を話すと、由羅は「わかった。私たちは寝室で寝る。莉奈はこの部屋を好きに使え。綾乃の私物を使うなら、使って減った分は私に請求するよう伝えておけばいい」とあっさり承諾し、寝室に戻ったらしい。 *** 『いつか……莉玖にも実父の存在を意識する時が来るわ。兄さんや綾乃くんが大切に育ててくれていても、実母は?実父は?って気になるものなのよ。もちろん、莉玖に話すタイミングは兄さんに任せるけど、知らされていなくても周囲からの声で結構気づいちゃうのよね……』  それは莉奈自身の経験から……という感じだった。  莉奈が家出をした理由ってもしかして…… 『でもね、実父の事を知った時に、莉玖には自分の存在を否定して欲しくないの。自分の血を呪って欲しくないの。実父は最低なやつだったけど、半分は私の血を引いているのよ。だからね――』 「うん、そうだな……」  オレは莉奈の話を聞きながら、オレが莉玖にしてやれることって何だろうと真剣に考えていた。 ***

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