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空からのプレゼント 第308話
その日の夜。
「ただいま……綾乃?莉玖?……どこにいるんだ?――」
由羅が帰宅した時、オレは地下室で超絶ご機嫌斜めな莉玖の相手をしていた。
***
「やああああああああのおおおおおお!!まんまぁあああああああっ!!」
オレに抱っこされた莉玖が、必死に上体を反らして莉奈に向かって手を伸ばす。
「そうだな、ママがいいよな~。うんうん、わかるよ。でもママはもう抱っこ出来ないんだよ、綾乃でごめんな~……って危ねっ!莉玖~、危ないから急に反るなよ~。頭ぶつけちゃうぞ~?」
莉玖が頭をぶつけないように抱き直しては莉玖を宥めるが、直す度にふんっ!と遠慮なく上体を反らすし、ちょっと泣き疲れてお茶を飲んで落ち着いたかと思えば休憩が終わった途端にまた前触れなくグインと反るので気が抜けない。
こういう時ってうなぎやタコのつかみ取りしてる気分になるんだよな……ぬるぬるして掴みどころがねぇ!
「あ~の、いやんよぉおおおお!あ゛っぢぃいいい゛!まんまぁあああ゛っ!」
「はいはい、綾乃はいやんだよな~。そりゃオレにはママみたいなおっぱいねぇしな~、抱っこされても嬉しくねぇよなぁ。硬いおっぱいでごめんな~……」
適当に返事をしつつ、床にクッションを置いて反った時に頭がクッションに当たるようにしてみる。
これならムキになって抱き直さなくてもいいし、ちょっとはマシかな~?
反るのを阻止するより、反るのを前提にして、反っても大丈夫なようにした方が自分もラクだ。
なんせもうそろそろオレの腕が……
「……私は綾乃の胸は好きだぞ?小さいが感度がいいしな」
「ああ゛?」
このくそ忙しい時になにバカなこと言って……
「って、あれ?」
振り向くと由羅が真後ろに立っていた。
「え、由羅!?もう帰って来たのか!?じゃなくて、いつ帰って来たんだ!?」
「今さっきだが……もう少し遅く帰った方が良かったか?」
「いやそういう意味じゃなくて……もうそんな時間!?」
慌てて時計を見ると夜の7時。特別早いというわけでもない。
ただ、今日は……もうちょっと遅くても良かったかな……
「うわ、もう7時か!?」
「そうだが……莉玖はどうしたんだ?」
「あ~……まぁちょっと……」
オレは、自分の隣でしょんぼりしている莉奈をチラッと見た。
「莉奈がどうかしたのか?」
由羅はオレの視線を追いかけて莉奈のいるあたりと見ると、またオレと莉玖に視線を戻した。
そういえば由羅は視えないんだっけ……
「莉奈が霊体 に戻ったんだ……」
「ん?あぁ……師匠に今日の昼頃までだろうって言われていたしな」
「うん、莉奈は莉玖がお昼寝するまで実体化してたんだ。んで――……」
***
お昼寝から目を覚ました莉玖は、寝惚け眼で母親 に抱きついていった。
が、もう霊体に戻っている莉奈には触ることが出来ない。
いくら母親に抱きつこうとしても、手が、身体が、すり抜けてしまう。
莉玖は何が起こっているのか理解することができず、パニックになった。
なまじ母親の姿が視えているものだから、余計に……
そりゃ、数時間前まで触れられたのに寝て起きたら触れられなくなっていたとか……普通に考えて大人でもパニックになるよな……
ちょっと落ち着いたと思ってオレが莉玖から手を離すと、莉玖はやっぱり莉奈に抱きつこうと突進する。
でも身体をすり抜けてしまうので勢い余ってバランスを崩しそのままズベッと転んでしまう。
床はクッションマットを敷き詰めてあるので転んでも大丈夫だが……
まだ幼い莉玖には、母親が亡くなっていることはもちろん、幽霊というものも理解できない。そのため莉奈がいじわるをして抱っこしてくれないのだと思ってしまったらしく、手足をバタバタさせて怒って泣き喚いた。
そこで諦めるかと思いきや、それでも更に突進していこうとするので、オレがまた抱っこして宥める。のループなのだ。
莉奈の実体化が解けたあと、莉玖がこういう状態になるのはある程度予想はしていたので、それほど驚きはしなかった。
ただ……3時にお昼寝から起きて、そこからずっと7時 までぐずりっぱなしになるのは……さすがに予想外だった。
どんだけ元気なんだよ莉玖~……オレの方がもう体力限界っす……
***
「なるほど……母親 に触れられないから機嫌が悪いのか」
「うん……それで、莉玖がずっとこんな状態だからさ、あの……まだ晩飯作れてなくて……すみません……」
オレは莉玖の相手をしつつ、軽く由羅に頭を下げた。
「あぁ、それは別に構わないが……大変だったな」
由羅がオレの頭をポンポンと撫でた。
「綾乃、晩飯だが……」
「あ、うん。ちょっとだけ莉玖をみててもらってもいいか?今から作る!あの、簡単なものになるけど……」
「いや、今日はもう作らなくていい」
「……え?」
作らなくていいって、どういうこと?
オレが作ってなかったから怒ってるのか?
「デリバリーでも頼もう」
「え?あ~……まぁ由羅がそれでいいなら……」
「何か食べたいものはあるか?」
「え~と……ちゅうか……」
「中華か。わかった……莉玖には何がいいと思う?――」
由羅は特に怒った様子もなくオレにメニューを見せて来た。
怒ってるわけじゃないのか……もしかして、オレが疲れてるからデリバリー頼んでくれたのかな……?
それとも、単にお腹が空いてるから早く食べたいだけ?
「っていうか、ボーっとしてて思わず答えたけど、中華で良かったのか!?」
「私も中華の気分だったから構わん。さてと、莉玖、パパにおいで」
注文が終わると、由羅はオレの腕の中でぐずっていた莉玖を抱き上げた――……
***
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