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空からのプレゼント 第316話

 しばらく背中を撫でてあやしていると、ようやく由羅が口を開いた。 「……師匠たちは良かれと思って莉奈を実体化させてくれたのだと思う……」 「……うん」  莉奈を実体化させたのは、住職と月雲だ。  飄々としていて何を考えているのかわからない二人だが、実体化させるためにはかなり霊力を使うらしいし、何よりそんなことが出来るということを他の霊に知られると大変なことになるので、さすがにあの二人でも誰にでも気軽にあの力を使うことはないらしい。  だから、たぶん、きっと!由羅の言うように、良かれと思ってしてくれたのだと思う。  一応二人とも由羅のことは可愛がってる感じだったし……そう願いたい!   「ひとときでも触れ合うことが出来て、莉奈も莉玖も喜んでいた。だから私もあれで良かったのだと思っていたが……結局は二人に辛い思いをさせることになってしまった……どうするのが正解だったんだろう……やはり、莉奈を実体化させたのは失敗だったのか?……」  由羅がオレの肩に顔を埋めたまま沈んだ声でブツブツと呟く。  う~ん、これってひとり言なのか?オレに話しかけてる?返事するべき?どっちなのかわかんねぇ~~! 「綾乃……?」  オレが黙って聞いていると由羅がチラッとオレを見上げた。  どうやらひとり言ではなくオレに話しかけていたらしい。  ん~…… 「……何が正解かなんて……そんなの誰にもわからないと思うぞ。ただ……」  オレは少し間をあけて、言葉を探した。 「莉奈を実体化させたことについては、失敗だったとか、間違いだったとか、そんなことは絶対にない。だって、莉奈にとっても、莉玖にとっても、あの時間はかけがえのない幸せな時間だったはずだし、二人にとって意味のある時間だった……と、思うから……」  莉奈が実体化している間、莉玖はめちゃくちゃ嬉しそうだった。  もちろんオレたちといる時も嬉しそうだけど、莉奈といる時は……なんか特別な感じというか……莉玖の様子がいつもとは違う気がした。  莉奈を実体化させたことを否定してしまえば……実体化したおかげで得られたものまで否定することになる。つまり、莉玖が得ることのできた莉奈との楽しい時間や嬉しい気持ちまで否定することになる。  それはダメだ。  莉玖のためにも、あの時間を否定しちゃいけない。 「……そうか……そうだな……」  由羅が少しホッとしたように頷いた。   「うん、それにさ……乳児期しか母親と過ごせなかった莉玖にとっては莉奈との記憶なんてないに等しいけど、莉玖は2歳だ。もしかしたら……莉奈と過ごしたこの数日間の思い出は莉玖の記憶の片隅にでも残るかもしれない。莉玖の中に“莉奈(ママ)に愛されていたんだ”という記憶が残るかもしれない。その記憶はさ、きっと……莉玖がもう少し大きくなった時に莉玖の心の支えになってくれると思うんだ……」  そう、たとえば……莉玖が自分の出自を知った時とか…… 「だから……う~んと……ごめん、オレ何言ってんのかわけわかんなくなってきた……」  由羅が落ち込んでるから元気づけようと思って頑張ってみたけど……うん、最初の「何が正解かなんてオレにわかるか!」だけで終わっていれば良かった気がする。  疲れているせいか眠たくて頭が回らなくなってきたし……―― *** 「ま、まぁとにかく!終わったことにグチグチ言っても仕方ねぇじゃん。大事なのは次にどう活かすかと、どうフォローするかだろ?由羅はちゃんと莉奈のフォロー出来てたと思うぞ?さすが、“お兄ちゃん”って感じがした!」 「……お兄ちゃん……?」  由羅が頭をあげてキョトンとした顔でオレを見た。  え、なんで驚いてんだ?だって莉奈のお兄ちゃんだろ!?お兄様の方が良かったのか?でも莉奈は……あ、兄さんって呼んでたっけ?って、呼び方なんてどうでもいいわ! 「あと、莉玖のフォローだけど、莉玖には莉奈と過ごした時間のことを忘れてしまわないように莉奈のことをいろいろ話してやった方がいいと思う。だけど、もうちょっと大きくなっておしゃべりが上手になってきたら……莉奈が視えてるってことを外でも口にするかもしれないから対策を考えなきゃ……」  莉玖にも少し霊感があるらしく、住職がその霊力をちょっと刺激したおかげで今は霊体の莉奈を視ることが出来る。月雲の話では、莉玖は小学生になる前には霊力が弱まって視えなくなるだろうとのことだったが……逆に言えば5~6歳までは視えるということだ。  オレも由羅も視えるから、家の中で話す分には問題はない。  だが、杏里たちの前で莉奈(ママ)のことを話されると困るし、莉玖が家以外で莉奈に話しかけるようになると“変わった子”扱いされかねないし、莉玖の実父側にバレる可能性も出て来るので慎重に対策を練る必要があるのだ。 「……なぁ綾乃、それは家の外では話さないようにと言い聞かせるのではダメなのか?」  由羅から「そこまで慎重にならなくても……」という雰囲気が伝わって来たので、オレは思わず苦笑した。  まぁそう思うよな~……でも…… 「由羅?そういうをちゃんと守れるようになるのは、だいたい小学生くらいになってからだぞ。語彙が増えてくる3歳頃だとまだ「秘密」とか「約束」の意味がよくわからねぇから「せんせ~!ママが〇〇で××のことはぜったいにひみつだからねっていってた~」って笑顔で家庭の結構な秘密を暴露することもあるんだぞ」  もちろん、守秘義務があるので保育中に子どもから耳にした家庭内の話は、虐待などの疑いがない限りは右から左にスルーしていたけれども…… 「そうなのか……」 「そうなんです!子どもは無邪気に目にしたもの耳にしたものをそのまま教えてくれてるだけなんだけどな。大人にしてみれば焦る内容も結構ある」 「そうか……それは……ちゃんと対策を練らなきゃダメだな……」  由羅が真剣な顔で考え込んだ。  いや、今考えなくていいから! 「由羅、ちょっと落ち着いて。莉玖はまだあんまり喋れないんだから、急ぐ必要はねぇよ。対策を練るのはまた今度にしよう?それにオレも一緒に考えるからさ。二人で考えれば何とかなるだろ」 「あぁ……そうだな。助かる」  由羅がフッと小さく笑うと、またオレの肩にグリグリと顔を擦りつけて来た。 「ちょ、なんだよ!?由羅、やめ……ハハッ、くすぐったいって!」  由羅が動く度に由羅の髪がオレの首にあたる。  そのくすぐったさに思わず笑いながら首を(すく)めた。    ん?っていうか……こいついつまで抱きついてんの……?   ***

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