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空からのプレゼント 第317話
「由羅、そろそろ離れ……」
「なぁ綾乃、莉玖は莉奈と過ごしたことを大人になっても覚えているだろうか……?」
おいこら、今わざとオレの言葉遮らなかったか?
オレはちょっと由羅をジト目で見て軽くため息を吐いた。
「大人か~……」
さっき「莉玖がもう少し大きくなった時に」と話したが、あれはあくまで「もう少し大きくなった時」の話だ。オレが敢えて「大人になっても」と言わなかったことに気付いたらしい。
やっぱりそこ気になったか……
「……ぶっちゃけ大人になっても覚えてるかはわかんねぇな。でも……ほら、由羅も前に言ってただろ?「幼少期の記憶は曖昧でも、優しくしてもらったことや楽しかったことは何年経ってもきっとどこかに残っていると思うぞ」って……」
日常の記憶は年月と共に薄れていくものだ。
繰り返し経験するか、よほどの印象的な出来事でもなければ……古い記憶はどんどん記憶の底に沈んでいってしまう。
そうならないように……
「だから莉奈のことをいろいろ話してやれって言ったんだよ。莉玖にとって莉奈のことが特別な記憶になるように……」
とはいえ、さすがに……温泉旅行に行って、実体化した莉奈 と過ごしたっていうのは突拍子もねぇから、そこは生前の話として誤魔化すしかねぇだろうけど……
***
「そうか……ところで、その「幼少期の~」という話だが、私は綾乃にそんなことを言ったか?いつのことだ?」
「ん?あぁ、ほら、最初にオレをこの家に連れて来た時に言ってくれただろ?」
「……あの時に……?」
オレの肩に頭を乗せたまま由羅が器用に首を傾げた。
え!?こいつ……まさか忘れたのか!?
「言われてみればそんなことを言ったような気もするが……」
「っおま……~~~っ!自分で言ったくせに忘れんなよ!なんだよ適当に言ったのかよ!?くっそぉ~!あの言葉にちょっとうるっときてたオレに謝れぇえええっ!」
オレだけが覚えていたことがなんとなく悔しくて……由羅が適当に言った言葉に感動してた自分が恥ずかしくなって……オレは抱きついていた由羅を全力で引きはがすと、由羅の両頬を思いっきり引っ張った。
なんだよっ!忘れてるなら言わなきゃ良かった!っつーか、記憶力いいくせに忘れてんじゃねぇよバカヤロー!
「いひゃい ……!」
由羅がされるがままで両手を上にあげて降参のポーズをしたので、渋々手を離す。
「すまない……だが、私はいい加減な気持ちでそんなことは言わないぞ。ちゃんとそう思ったから口に出したんだ!ただ、その……あの時はまさかベビーシッターを綾乃に断られるとは思っていなかったから、かなり焦っていたんだ。だからその話もうろ覚えだったんだと思う」
由羅が気まずそうに頬を掻いた。
え、焦ってた?
全然そうは見えなかったぞ!?
オレは初めてこの家に連れて来られた時のことを思い出して顔をしかめた。
うん、由羅はずっと仏頂面で偉そうだった!
「偉そうにしていたつもりはないが……本当に必死だったんだ。綾乃に断られた瞬間は、仕事で大きなトラブルがあった時よりも冷や汗が出たんだぞ!?でも、あのまま逃がすわけにはいかないと思ってちょっと強引にここに連れて来てしまったのは……本当に申し訳なかったと思っている」
由羅がオレに向かって頭を下げた。
いやもうホントにな!?あの時は一体どこに連れて行かれるのかと思ってかなり焦ったし!
「あれ?ってことは……最初にオレが断ったから雇用契約の条件や待遇があんなに良かったのか?」
契約内容が良すぎて、あれはあれで何か裏があるんじゃないかって若干ひいたくらいだったしな~……
「いや、それは最初から綾乃の望むようにするつもりだったから……むしろ予想よりも少なかったくらいだ」
マジか!?結構いろいろ条件付けたし、めちゃくちゃ好待遇になってるけど!?
「由羅って……」
「ん?」
「案外バカだよな」
「それは褒められてるのか?」
「褒めてはねぇよ。オレみたいなのにあんな破格の好条件の契約なんて普通はしねぇだろ」
「綾乃の言う普通がどういうものかはわからんが、私にとってはあれくらい許容範囲だし、綾乃を手に入れるためなら安いものだ」
手に入れるためって……こいつオレのこと珍獣か何かだと思ってんのか?
いや待て!珍獣ってことはレア!?……ふむ……
「……んじゃ、オレもうちょっとふっかけた方が良かった?」
「給料の話か?なんなら来月から上げても構わんぞ?」
「いやいやいや、冗談だよ!冗談に決まってんだろ!?今のままで満足です!」
「そうか……」
なんでしょんぼりしてんだよ!
ちょっとからかってやるつもりだったのに、冗談が通じねぇ!!
っていうか、なんでこんな話になってんだ!?
「はぁ……」
「どうした?」
「疲れた」
いろいろと……
「あぁ……もう寝るか?」
「うん寝る」
「わかった、私も寝る」
あれ?やけにあっさりと……まぁ、だいぶ話したし由羅もちょっとは落ち着いたってことかな?
「んじゃおやすみ~……あ、由羅~、出ていく時に電気消しといて……よろし……く……」
オレはそう言い残すとベッドに倒れこんだ。
***
「……~~~~っで!?なんでお前まで寝てんだよ!?」
今にも寝落ちしそうだったオレは、眠気を押して重い瞼を薄く開いた。
電気を消す音は聞こえたが、扉を開ける音はせずベッドが軋む音がしたからだ。
「まだ寝てないぞ?」
「いや、寝ろよ!?明日も仕事だろうが!」
「そうだな」
「待てっ!ここじゃなくてお前の寝室でってことだからな?」
オレは隣で横になっている由羅の耳を引っ張った。
ちゃんと聴こえてんのかこら!?
「綾乃を寝かしつけてからな」
「おまえがいなけりゃ秒で寝落ちしてたんですけど?」
「起きてるじゃないか」
「おまえがいるからだ!」
「疲れているんだろう?いいからもう寝ろ」
「ぉぶっ!?」
眠たくてイライラしていたので由羅を蹴り出してやろうとしたが、その前に由羅に抱え込まれていた。
むぅ~!またしてもオレの攻撃を封じるとはっ!
「って、ゆ~ら~!遊んでないで早く行けって!莉玖が待ってるだろ!?」
寝室にひとりにすんなよ!いくら莉奈がいるからって……
「わかっている。ちゃんと後で寝室に行くから心配するな」
いや、今すぐ行けよ!
「綾乃、おやすみ」
ジタバタするオレの額に由羅が軽く口付けて頭を撫でてきた。
あ、由羅に頭撫でられんの好き……じゃなくてっ!
お願いだからちょっとはオレの話しを聞けぇえええええっ!
オレはしばらく由羅の腕から脱出しようともがいていたが、結局眠気と疲労には勝てなかった。
***
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