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〇〇の秋 第319話
「――莉玖、栗は拾えたか?」
画面の向こうから由羅が莉玖に話しかけた。
***
朝から栗拾いや芋掘りを楽しんだオレたちは、敷地内にあるガーデンテーブルでお弁当を広げてお昼ご飯を食べていた。
ちょうど莉玖が食べ終わったところに由羅が電話をかけてきたので、莉玖と一緒に午前中なにをしていたのかを報告しているところだ。
「ぱっぱ!どんぶぃ~!」
莉玖が得意気に栗を握った手を画面の前でブンブン振り回した。
由羅に自分が拾った栗を見せてやろうとしているのだろうが、恐らく由羅には興奮して腕を振り回している莉玖の姿しか見えていないだろう。
その証拠に……
「どんぶり?昼に丼を食ったのか?」
「あ~い!」
「そうか。栗ご飯の丼なのか?」
「あ~い!どんぶぃ~!」
うん、全然話が通じてねぇな。
「由羅、丼じゃなくてどんぐりだ」
オレは膝の上で暴れる莉玖の手や頭を避けながら、画面の向こうで首を捻っている由羅に苦笑いを返した。
「どんぐり?……どんぐりを食ったのか?」
「違う違う!莉玖は栗のことをちょっと太ったどんぐりだと思ってるみたいでさ。一応、栗とどんぐりは違うものだって教えてるんだけどな~」
「あぁ……それでどんぐりか。なるほど」
「まぁ、あながち間違いではないけどな。どっちも木の実だし、色も似てるし……」
「そうだな……」
フッと笑って頷いた由羅は、少し視線を泳がせたあとジッとオレの顔を見てきた。
「ん?なんだ?」
「んん゛、あ~……その……じゃあ、栗ご飯は食べてないのか?」
「え?あぁ、だって栗はさっき拾ったばかりだからな。栗ご飯は杏里さんと一緒に晩飯に作るんだ。芋掘りもしたから、さつまいもと栗の炊き込みご飯にしようかなって思ってる」
「ほほぅ……で、私の分は?」
「食べたきゃ早く迎えに来い」
「ぅぐ……」
オレが満面の笑みで答えると、由羅が唸りながら顔を伏せた。
実はオレと莉玖はこの数日間、ずっと杏里の家に泊まっている。
きっかけは、由羅の海外出張だ。
今回の出張は二泊三日程度だったが、莉奈のことで莉玖が多少不安定だったこともあり、由羅がいない間に何かあったら心配だからと杏里の家にお世話になることになったのだ。
莉玖(とオレ)が杏里の家にお世話になった時は、由羅が迎えに来ることになっている。
何か特別な理由がある時は杏里に家まで送って貰うこともあるが、基本は「響一が迎えに来るように!」というのが杏里お姉様の言いつけだ。
今回も最初は出張の間だけの予定だったのだが、由羅は出張から戻ったあとも仕事が忙しいらしく、連日帰宅が深夜になっている。
そのせいでオレたちを迎えに来られず、「そんな状態なら、まだ出張してるのと同じね。響一の仕事が落ち着くまでうちにいなさい」と杏里に引きとめられて現在に至るのだ。
つまり、由羅はこの数日間ひとり暮らしをしている。
「綾乃、せめて綾乃だけでも帰って来てくれないか?」
「は?なんで?洗濯物でも溜まってんのか?」
「洗濯は自分でしている……ただ、綾乃の作った飯が食いたいんだ――」
由羅が悲壮感を漂わせながら呟いた。
忙しいせいで飲食店で食事をする暇もないらしく、この数日間はほとんどコンビニ弁当らしい。
まぁ、以前は栄養補助食品や野菜ジュースだけですませていたみたいなので、弁当を食うだけマシだけど……
「綾乃ちゃんに甘えるんじゃないわよ。ご飯くらい自分でどうにかしなさい!二人に会いたいならさっさと仕事を終わらせて迎えに来なさいな!」
オレが返事をせずに、由羅って栗ご飯好きなのかな?とのんきに考えていると、隣で見ていた杏里が代わりにバッサリと切り捨てた。
「私だって早く迎えに行きたいですよ!」
由羅は苦い顔をしてそう言うと、ため息交じりに「すまない、また連絡する」と言って通話を切った。
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