321 / 358
〇〇の秋 第320話
栗拾いの翌日、オレは朝から新たに栗ご飯を炊いてこっそり弁当に詰めていた。
「よし!でき……」
「あ・や・の・ちゃん!」
完成したお弁当を満足顔で眺めていると、キッチンの入口から杏里がぬるっと顔を覗かせた。
「うぇっ!?あ、杏里さん!?どどどどうしたんですか!?子どもたちは!?」
「もうとっくに座って待ってるわよ~?朝食は出来てる?なにか手伝いましょうか?」
「……え、朝食……?ああっ!!いや、だ、大丈夫っす!朝ご飯は出来てるますですよ!はい!バッチリっす!ほら、ここに!!」
オレは慌てて配膳用のワゴンに朝食を乗せ、杏里ごと廊下へと押し出した。
やべぇ、忘れてた!!
今朝はこの“栗ご飯弁当”をこっそり作りたかったので、「今朝の朝食はオレだけで作らせてください」とサチコさんたちにお願いしてキッチンにひとりで籠っていた。
オレの予定では、子どもたちが二階から下りて来る前に朝食を並べておいて、子どもたちが席についたらすぐに食べられるようにしておくはずだった。
そうできるように、ちゃんと子どもたちの朝食は栗ご飯を炊いている間に用意しておいたのだ。
が、お弁当箱に栗ご飯を詰めることに夢中になっていて、朝食を出し忘れていたらしい……
我ながら、なんというマヌケ……
「わぁ~、美味しそうね!それに……栗ご飯も上手に炊けたみたいね」
ワゴンの上の子どもたち用のワンプレートを見てにっこり笑った杏里は、チラリとオレの背後を見ると意味深な笑みを浮かべた。
「え?あ、ははは……あの……え~と……すみません!これはあの……っ」
「ふふふ、そんなに慌てなくてもいいわよ。それ、響一の分でしょ?」
はい、バレてるぅ~~!
「あ~……はぃ……いや、あの……昨日あいつやけに栗ご飯って連呼してたから、そんなに好きなのかなって……ほら、あいつしばらくまともに飯食ってなさそうだし、一応オレは家政夫だからあいつの飯を用意するのもオレの仕事っていうか……」
「綾乃ちゃん、落ち着いて。そんなに慌てなくても大丈夫よ」
テンパって意味不明な言い訳を並べ立てるオレに、杏里が苦笑した。
あれ?杏里さん怒ってねぇのかな……
昨日の杏里の様子から、また「綾乃ちゃんは響一を甘やかしすぎ!」と反対されるか怒られると思ったのだが……
「あら、私だって一応あの子の食生活は心配してるのよ?ふふ、きっとあの子、綾乃ちゃんのお弁当を見たら泣いて喜ぶでしょうね!……そうだ!」
杏里がニヤリと笑った。
あ、この表情は絶対面白がってんな……何だかイヤな予感……
「綾乃ちゃん!今日はちょうど私も用事があって出かけるから、会社まで送ってあげるわよ!」
「え、会社って……?」
「もちろん、響一の会社よ?」
んん?由羅の会社に持って行けってこと!?
「いやいやいや、待ってよ杏里さん!オレはそんなつもりじゃ……あの、これは家に置いて来ようかなって……あいつが帰ってきたら食うかな~と……」
そう、最初からオレは由羅の家の冷蔵庫にでも入れておけばいいやって思って……
だからオレはあいつの会社まで押しかけるつもりなんてないんですけど!?
「あら、だって響一は今日も帰りは夜中でしょう?」
「たぶん……だから夜食に……」
「でも、せっかく綾乃ちゃんが朝早くから頑張って作ったんだもの。夜中まで置いておくよりもお昼に食べた方が美味しいに決まってるわよ!ね、持って行ってあげましょう!」
「ソ、ソウデスネ……」
そんなわけで、結局杏里の勢いに負けたオレは由羅の会社まで送ってもらうことになったのだった――
***
ともだちにシェアしよう!