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〇〇の秋 第321話

――だから、オレは怪しい者じゃないから!とりあえず由羅に繋いでください!家政夫が来たって言えばわかりますから!」 「家政夫……ですか?……あなたが?」 「ぅ~~~……だ~か~ら~……――」    オレはもうかれこれ数分、受付でこのやり取りを繰り返していた―― ***  杏里さんに由羅の会社の近くまで送ってもらったオレは、会社の手前の物陰に隠れて頭を抱えていた。  なぜかというと……オレはこういう大きな会社で働いたことがないので、こういう時にどうすればいいのか全然わからないのだ……  くそぉ~!杏里さんに聞いておけばよかったぁ~!  会社に行けば会えると思って気楽に考えてたけど、そもそもこんなデカいビルなんだから、外から見えるようなところにいるわけねぇんだよなぁ……  これって正面から勝手に入っていいのか?入口にいるのって警備員かな……?どこの誰だかわかんねぇヤツが社内をウロウロしてたら捕まるよな?あ、受付とかあんのか?あの人に聞いたらわかるかな……   「あの~……大丈夫ですか?どこか具合でも……?」  頭を抱えて唸っていると、横を通り過ぎようとしていたスーツ姿の男に声をかけられた。 「ふぇ!?あ、いや、だだだだいじょうぶでふ!」  慌てて顔をあげると、オレの顔を見た相手に一瞬警戒と後悔の表情が浮かんだ。  もしかして、面倒くさそうなやつに声をかけちまったとか思われた?   「あ、あの、違うんです!えっと、オレ実はあの会社に知り合いがいて、あの、届けたいものがあって持って来たんだけど、初めて来たからどうやって入ればいいのかわからなくて……」  オレはとりあえず警戒心を解いてもらおうと必死に説明をした。   「知り合いなんだよね?……それなら連絡してここまで来てもらえば?」 「あ、そうか!そうっすね!あんた頭いいな!」  たしかに!オレが入らなくても由羅をここまで呼び出せばいいんだ!  なんだ、簡単なことじゃんか!  オレは男に軽く頭を下げて急いで携帯を取り出した。 「……あれ?電話かけないの?」  メールを打つオレを見て、男が首を傾げた。   「え?だって、仕事中はプライベートな電話にはすぐに出られないだろうし……メールだったら手が空いた時に目を通してくれるかなって……」  もちろん、莉玖に何かあれば電話するけど、緊急ってわけじゃないのに電話なんてしたら由羅に怒られそうだし…… 「でも、それだと相手が気付くまでここで待ってなきゃいけないだろ?急ぎの書類とかじゃないのか?」 「これでよし!うん、大丈夫だ。持って来たのは弁当なんだよ。メールも昼には気付いてくれるはずだから……」 「いやいや、昼にはって……それまでここで待ってるつもりか?まだ昼休憩までには時間あるぞ?」  男が腕時計を指差した。  杏里さんが由羅の昼飯に間に合うようにと早めに送ってくれたので、今は11時だ。   「あ~……まぁ、どこか適当に時間潰して……」  と、周囲を見回すが、オフィスビルばかりであまり気軽に入れそうな飲食店は見当たらない。  喫茶店でもあればいいんだけど……ちょっと歩けば見つかるかな……? 「それなら……一緒に行く?俺、そこの社員だし。受付まで連れて行ってあげるよ。受付にその知り合いの所属を伝えて呼び出してもらえばいい」 「え、あんたあの会社の人なのか?」 「そうだよ?ほら」  その男性が、スーツから取り出した社員証を見せてくれた。   「本当だ。えっと……とり……あ、違う。これは……さん?」 「お?そうそう。烏野正(うのただし)って言うんだよ。よく読めたね。たいてい初見は鳥野(とりの)とか烏野(からすの)って間違えられるんだけど」 「あ~、以前職場に烏野さんっていたから」 「なるほど~。よし、それじゃ行こうか!」 「おう!あ、オレは――……」  オレが一発で名字を読めたことで烏野から警戒の色がすっかり消えて、急にフレンドリーになった。  普段よほど間違えられてるってことかな? *** 「――ってなわけで、呼び出しかけてあげて。じゃあ、俺はここで」 「あ、ありがとうございました!」 「いえいえ」  受付嬢に簡単にオレの説明をすると、烏野は颯爽と社内に消えていった。  爽やかでいい人だったな~……  ……と、そこまでは良かったのだが、 「それでは、お知り合いの方のお名前と所属を……」 「あ、はい!えっと――」  オレが由羅の名前を伝えた途端、受付嬢の態度が急変した。  一応ニコニコはしているものの、アポがどうだとか、今日の予定にないだとか言って、取り付く島もない。  どうにもならないので自分の携帯から由羅に電話をかけてもみたのだが、マナーモードにでもなっているのか出てくれなかった。 「あ~もう!いいよ!それじゃこれだけでも渡しておいて!中身は弁当だから!由羅にはメールで知らせておくから昼にはここに取りにくるだろ。それまでちゃんと置いておいてください!」 「ちょ、困ります!あのっ……」  受付にお弁当を入れた紙袋を無理やり押し付けて帰ろうとした瞬間、エレベーターから何やら賑やかな集団が降りて来た。 「あっ!」  受付嬢が小声で「社長」と呟いた気がしてその集団を見ると、集団の中心にいたのは由羅とやけにド派手な赤いスーツを着た女性だった。  何を話しているのかは聞こえなかったが、由羅と腕を組んでにこやかに歩いて行く。  一瞬、由羅がこっちを見た気がしたけど、たぶん気のせいだな。  って、それよりも…… 「……なぁ、あいつこれからどっか出かけるのか?」 「え?あ、いえ、見送りに出ただけだと……」  オレがさりげなく聞くと、受付嬢がつられて答えた。  なるほど、あのを見送りに来たのか。お客さんかな?  由羅がこれから出かけるならお弁当がダメになっちまうから持って帰ろうかと思ったけど…… 「ってことは、由羅はすぐに戻って来るよな。それじゃこれ渡しておいてください。よろしく!」  受付にもう一度念押しをして出て行こうとしたのだが、 「すみません、ちょっと止まってください」 「はい?」  今度はなぜか出入口で警備員に止められてしまった。  次から次へと何なんだよ!?  オレはただ、由羅に弁当を届けに来ただけなのにぃ~~~!! ***

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