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おまけ話2【きみ猫×嘘恋(クロスオーバー)】(後篇)
「わぁ~!」
「おひめさまだぁ~!」
「すご~い!きれぇ~!」
扉が開いてその集団がホールに足を踏み入れた瞬間、あちらこちらから感嘆の声や子どもの興奮した声が聞こえた。
それもそのはずで、入って来たのは童話に出て来るお姫様のようなドレスを着た美女の集団だったのだ。
ざわつくホール内、全員の視線を釘付けにしたその集団は、優雅にドレスの裾を持ち上げ、軽くお辞儀をして微笑んだ。
「なぁ由羅、このパーティーってお姫様まで来るのか?」
「ん?何を言っているんだ。あれがさっき言っていたイベントのスタッフだぞ。ほら、全員お菓子の入った編みかごを持っているだろう?」
「え!?」
たしかに、全員がお菓子の入った編みかごを持っている。
「で、でも、なんでドレス……!?」
「ハロウィンだから仮装しているだけだろう?」
由羅が、何をそんなに騒いでいるんだ?と呆れた顔でオレを見た。
なるほど、仮装……そういえば、あの人はシンデレラっぽい、あの人の衣装は白雪姫かな……あ、あの髪が長いのはラプンツェルか……って……
「いやいや、あれは仮装ってレベルじゃねぇだろっ!?違和感なさすぎじゃねぇか!?」
「まぁ、あの人たちはちょっと特殊で、普段は……」
由羅がハッとして途中で言葉を切った。
すぐ近くにお姫様たちが来ていたからだ。
あれ?ちょ、待って!?お姫様たちオレよりでけぇ!
ちょっと特殊ってことは普段は別の仕事してる?あ!モデルさんとか!?
ヒールを履いている彼女たちは、由羅よりも背が高そうだ……そして、ただでさえチビなオレは椅子に座っているので……
ハハハ、うん、身長差半端ねぇな……
「うわぁ~、ちれぇ~!ぷりんちぇる!」
オレが身長差に打ちのめされている一方で、莉玖はお姫様が近くに来てくれたのが純粋に嬉しかったらしく、ぷにぷにの両頬を手で挟んで夢見心地に叫んだ。
あ、ちなみに「ぷりんちぇる」は「プリンセス」のことだ。
そんな莉玖の声を聴いたお姫様たちがふと足を止めてこちらを見た。
え゛っ、なんだ!?何か機嫌損ねるようなことしちゃったのか!?
で、でも別に莉玖も変なこと言ってねぇし……
オレが緊張して思わず頬を引きつらせていると、由羅が「大丈夫だ」と軽く肩に手を置いた。
それと同時に、モデルのように背の高いお姫様たちの背後から、不思議の国のアリスの恰好をした小柄で可愛らしい女の子が出て来た。
あ、小柄な子もいたのか。
身長差からくる威圧感がなくてちょっとホッとする。
「こんばんは、可愛いかぼちゃオバケさん。わたしはアリスだよ!」
アリスが莉玖と目線を合わせるために少し屈んでにっこり笑った。
「あぃしゅ?こんちゃ!あのね、えっとね、り~くんはね、り~くん!」
「り~くんって言うの?り~くんは何歳ですか?」
「あのね、みっちゅ!なったの!」
莉玖は可愛いアリスを前にちょっと照れてモジモジしつつも、最近覚えた「にさい」を頑張って披露しようとした。
……が、なぜか口から出たのは「みっつ」で、自信満々に勢いよく出した指は一本だった。
実年齢がひとつも伝わってない……まぁ、よくあることだし、そこはご愛嬌ってやつで!
「莉玖、『とりっく、おあ、とりーと』って言えるか?」
片膝をついた由羅が、莉玖の耳元でゆっくりと言葉を促した。
そういえば、今はこの人達に「Trick or Treat!」って言ってお菓子をもらうイベントの真っ最中なんだっけ?
まさかお姫様の集団が出て来るだなんて思わなかったので、そっちに驚いてしまってお菓子のことを完全に忘れていた。
由羅はさすがだな!ちゃんと覚えてたのか!
「ん~~~……とぃっちゅとっとっと~!」
莉玖は何回か練習してようやくそれっぽく言うことが出来た。
「わぁ~!スゴイ!上手に言えたね!じゃあ、かぼちゃオバケさんお菓子をどうぞ!」
アリスがパチパチと拍手をして、可愛くラッピングされたお菓子を莉玖に手渡した。
「あいあと~!」
お菓子をもらってご満悦の莉玖が、満面の笑みでぺこりと頭を下げる。
「どういたしまして!それじゃ……」
「あ!あの、ちょっと待って!……ください!」
アリスが立ち上がろうとしたのを見て、オレは慌てて呼び止めた。
「一枚だけ写真いいですか!?今日の記念に……お願いします!」
一気に捲し立てて頭を下げる。
「あぃしゅ!いっちょ、とる~!」
アリスの背後にいたお姫様たち……特に、「美女と野獣のベル」から一瞬殺気を感じた気がしたが、莉玖がめちゃくちゃ嬉しそうな顔をしているのを見るとお姫様たちは諦めたように小さくため息をつき、「一枚だけね」とオレに念を押して後ろに下がった。
一枚だけ……って最初に言ったのはオレだけど、せめて数枚って言っておけば良かったかも……
幼児を一発撮りするのは至難の業なのだ。
これは由羅には無理だな……
「えっと、それじゃ莉玖、アリスさんに抱っこしてもらうか?アリスさん、いいですか?」
「あぃしゅ!だっこ!」
「え、わたしが抱っこしていいんですか!?わ~い!おいで~!」
意外とアリスもノリノリだったので、オレは莉玖を渡して場所を交代した。
「それじゃあ、撮るよ~!ほら、莉玖、アリスさんが気になるのはわかるけど、こっち見て!綾乃の方見て~!こっちだよ~!」
「あぃしゅ!いっちょ!あぃしゅ、かぁいいね~!」
莉玖は抱っこしてくれているアリスの方ばかり見て一向にカメラの方を見てくれない。
「仕方ねぇな……こうなったら……アリスさん、すみませんが……」
オレは前から二人を撮るのを諦めて、アリスにカメラを渡し自撮りしてもらうことにした。
「あ、ほら見て!こっちにアリスいるよ~。り~くんもいるよ~!」
「あぃしゅ!り~くん!」
「はい、笑って~!にっこにこ~!」
アリスに促されてようやく莉玖が画面に映る自分たちの顔に気付いて前を向いてくれたので、その隙にアリスがうまくシャッターを押してくれた。
***
「それじゃあ、パーティー楽しんでね!」
写真を撮り終えるとアリスは莉玖の頬に軽くキスをし、笑顔で手を振り去って行った。
遠ざかるアリスの背中が人混みに紛れて見えなくなると、オレと莉玖は同時に「はぁ~~~……」とため息を漏らした。
「あぃしゅ、かわい~ね~……」
「はあ~、びっくりしたぁ~……」
実際には一瞬の出来事だったはずだが、何だか物凄く長い時間だったようにも感じる。
「いつまで見惚れてるんだ?この浮気者」
緊張から解き放たれて呆けていたオレの目の前に、不機嫌そうな由羅の顔が現れた。
「見惚れてなんかねぇよ!?」
「お前はああいうのが好みなのか?」
「は?いや、そりゃまぁ普通に可愛いとは思うけど……」
アリスは可愛かったけど、それよりもアリスの背後にいたお姫様たちの無言の圧が……めちゃくちゃ怖かったぁ~~!!
「っていうか、由羅ってなんでそんな平然としてんだ?なんであの人たち見て驚かねぇの!?」
「あぁ、彼らのことは知っているからな。今日の主催者のパーティーではよく見かけるんだ。と言っても、私もまだ数回しかちゃんと話したことはないが……」
へぇ~、由羅は前から彼女たちのことを知ってたのか。だからあんな美女の集団を見ても驚かねぇのか……
……んん?
「ちょっと待て、彼らって?」
「あのお姫様たちのことだが?……もしかして気づいてなかったのか?あれ、全員男だぞ?」
「ハアッ!?おとっ……モゴッ!」
「シィ~!綾乃、声がデカい!」
由羅が慌ててオレの口を押さえた。
「ご、ごめん。ってか、どういうこと!?あれが男って……どう見ても女だろ!?」
「落ち着け。顔なんて化粧でどうにでもなる」
いや、でも……さっき間近で見たアリスは化粧なんてほとんどしていないように見えたけど……あ、あれだ!特殊メイクってこと!?
「あ~の~……」
「ん?どうした、莉玖」
由羅の衝撃発言に若干パニクっていたオレは、莉玖に呼ばれて我に返った。
「あ、お菓子食べる前にもうちょっとご飯……」
「あぃしゅ、またくる?」
「え?」
「あのね、り~くんのおうち、あぃしゅくる?」
おっとぉ……これはもしかして……
由羅と顔を見合わせ、二人で苦笑い。
『これは……恋ね!!莉玖の初恋だわ!!』
先ほどまで姿を消して大人しくしていた莉奈が、堪えきれずに出て来て嬉しそうに叫んだ。
初恋かぁ~……
たった今、由羅からお姫様たちの性別を聞いたばかりなので、ちょっと複雑だ。
だって莉玖はアリスを女の子だと思っているだろうからな……
「莉玖はアリスさんに家に来て欲しいのか?」
「あぃしゅ、り~くんのおもとらち!」
莉玖としては、お名前を教え合ってお菓子も貰ったのでアリスとはもう「おともだち」なのだ。
でも、莉玖が「おともだち」に家に来て欲しいと言ったのは今回が初めてだ。
だからきっとこれが莉玖にとっての「初恋」なんだと思う……
「莉玖、それは無……」
「そうだな、莉玖はアリスさんとお友達になったもんな!」
由羅が「それは無理だ」と言いかけたので、オレは慌てて遮った。
「う~ん、あのな莉玖。アリスさんのお家はちょっと遠いんだってさ。だからすぐには無理だと思う。でも、いつか来てくれるといいな!」
「うん!いっちょ、あちょぶの!」
「そうだな、いつか一緒に遊べたらいいな!それまでは、これで我慢してくれ」
オレがさっき撮ったツーショットを見せると、莉玖は嬉しそうに画面を眺めて、大切そうにそっと携帯を胸に抱きしめた――
たぶん数日後には今日のことなんて忘れてしまっているだろう。
大人になってからこの写真を見ても、「初恋」のことなんて思い出さないだろう。
それでも……今この瞬間、莉玖の胸の中にはたしかに小さな「初恋」の花が咲いているのだ。
だから……
「由羅、アリスが男ってことは一緒に墓場まで持って行こうな」
「ん?あぁ……わかった」
莉玖の初恋を微笑ましく見守りつつ、オレと由羅は密かに誓い合ったのだった――
***
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