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〇〇の秋 第323話
由羅は池谷 に少し早めの昼休憩宣言をすると、オレだけつれて社長室に入った。
社長室の手前にも小さめの部屋があって、そこが秘書室になっているのだとか。
オレの中での“社長室”は、無駄に高い調度品とかが置いてあってゴテゴテしているイメージだったが、由羅の社長室 に置いてあるのは社長用の机、応接セット、いくつかのファイル棚……と、必要最低限のものだけで、やけにスッキリした内装になっていた。
まぁ、由羅らしい部屋だな。
あ、由羅が昼の定期連絡をしてくる時にいつも後ろに見えてるのはあれだな。
ということは、由羅はあの位置に座って食べてるのか~。
初めて来た場所なのに、いつも画面越しに見ているせいか何となく親しみがある。
「なぁ、由羅!あの場所っていつも……ぅわっ!?」
室内を興味津々に見回していると、急にグイッと肩を掴まれて気が付くと由羅と向き合っていた。
「な、なんだよ!?どうし……ほひ !はひひへんふぁ !」
真剣な顔をした由羅はオレの質問には答えず、眉間に皺を寄せながらオレの顔をムニムニと撫でまわし始めた。
「ぅ~~~~っ!!おいってばっ!いい加減にしろっ!!」
オレは顔から由羅の手を何とか引きはがして、下に叩きつける勢いで払った。
「ったく、何なんだよ!?何がしたいんだおまえはっ!?オレの顔は粘土じゃねぇから捏 ねただけじゃ整形できねぇぞ!?」
「……本当に綾乃だ……」
「はあ?そうですけど?え、ちょっと待て。もしかしてオレ今まで偽物だと思われてたのか?」
「いや……疲れすぎて幻でも見ているのかと思った」
「それはおまえ……」
いろんな意味でヤバいんじゃねぇの?
そりゃまぁ、画面越しでも疲れているのは何となく伝わって来てたけどな?
実際に会うと……なんだよその目の下のクマは!!
っていうか、幻って……さっき池谷さんとも普通にオレの話してたじゃねぇか。
マジで大丈夫かこいつ……
「綾乃……」
「ん~?……っ!?」
由羅の体調についてぼんやり考えていたオレは、あっという間に応接セットのソファーに押し倒されていた。
「へ?ちょ、待っ……んっ……!」
オレは由羅の息つく暇もない性急なキスの嵐に状況が飲み込めず、しばらくされるがままになっていた。
え、なんだ?なにがどうなってんだ?
なんでオレは由羅に……あ~もう……なんか気持ち良いからいいか……
由羅とキスすんの久しぶりだ……し……
「っ!……んぁっ」
酸欠で朦朧としていたオレは、由羅の手が服の中に入って来た感触で我に返った。
……って、良くねぇよ!!
だってすぐ隣の部屋には……
「……っはぁ……ゆ、由羅っ!ちょ、やめっ……ぁっ!とな……り、いるんだろ!?」
「池谷か?彼なら大丈夫だ。気になるなら声抑えてろ」
だって頑張って抑えてるけど……勝手に出ちゃ……って、いや違うだろっ!
「~~~っから、抑えなきゃいけないようなことをすんなっつってんだ!この馬鹿っ!」
「……痛い……」
痛いのはお互いさまだっつーの!
オレの頭突きを食らった由羅が頭を撫でつつ渋々身体を離す。
その隙に何とか腕の中から抜け出し、ちょっと距離を取って座り直して深呼吸をした。
はぁ~、空気が美味しいな~!空気清浄機すげぇな~!
……オレ一体なにしにきたんだっけ……
***
「んん゛、あ~、それで、今日は一体どうしたんだ?」
オレが落ち着くと、由羅が仕切り直すように咳払いをした。
それはオレが聞きたいんですけど!?一体なんなんだよ!?酸欠のオレに頭突きをさせんじゃねぇよ!
「どうしたもこうしたも……オレはおまえに届け物を持って来ただけだよ!」
決しておまえに押し倒されるために来たわけじゃねぇからな!?
「あぁ……そう言えばそんなことを……この紙袋か?」
「そう!それ!」
由羅が軽く首を傾げて「……綾乃に何か頼んだ記憶はないが……」と呟きながらテーブルの上に置かれていた紙袋を覗き込む。
「……っ!」
紙袋の中に手を入れた由羅が一瞬ハッとして動きを止めた。
ランチバッグに気付いたらしい。
「綾乃……出してもいいか?」
「どうぞ?」
由羅はオレの返事を聞き終えるや否や、いそいそとお弁当を取り出し慣れた手付きで丁寧にテーブルに並べていった。
そして……神妙な顔つきで蓋を開けた。
「っ綾乃!これはもしかして……栗ご飯か!?」
蓋を開けた由羅が、子どものように瞳をキラキラさせながらオレを見る。
「……え?あぁ、うん……そう……ブハッ!アハハ!」
オレは由羅の反応にホッとして、堪えきれずに思わず吹き出した。
「なんだ?私はなにかおかしなことを言ったか?」
「ごめ……ははっ!……いや、そんなに喜んでくれると思わなかったから……」
昨日やたらと由羅が栗ご飯ってうるさかったし……
最近ちゃんと食ってないみたいだし……
また倒れられたら困るし……
オレは家政夫だし……
実は、連絡もせずに勝手に会社 までお弁当を持ってきたことについて、由羅に迷惑がられやしないかと不安で……何か言われた時用にいろいろと理由を用意していた。
でも結局のところは由羅のことが心配で、由羅に喜んでもらいたかっただけで……
だから、喜んでくれたのが素直に嬉しい。
「食べてもいいか?」
「もちろん!っつーか、早く食わないと昼休憩終わっちゃうぞ?」
「そうだな」
昼休憩は1時間。でも由羅は忙しいので15分程度で終わることもある。
社員にはちゃんと休憩を取らせるのに、由羅自身の辞書からは“休憩”って文字が抜けてるんだよな~。
「――うん、美味い!」
「そうか?良かった!栗ご飯は昨晩も作ったんだけどさ、その時にサチコさんに作り方教えてもらって、おまえが食ってるのは今朝オレがひとりで炊いたんだ!その煮付けも――……」
由羅が美味しそうに食うのを見ながら、オレは莉玖の様子や栗拾いの時のことなど、とりとめのない話をした。
なんだか……やっぱり由羅と過ごすこういう時間は好きだな……
***
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