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〇〇の秋 第329話
翌朝――……
「綾乃!見てくれ!泣いてないぞ!」
莉玖を抱っこした由羅が得意気な顔でリビングにやってきた。
目を覚ました莉玖は由羅を見ると少し警戒していたが、寝室を見回して家に戻って来たのだと気付くと由羅のことも思い出したらしく、由羅が抱っこしても泣くことはなかったらしい。
嬉しいのはわかるけど、それにしても朝からテンション高 ぇな……由羅ってこんなキャラだったか?ま、いっか。
「そかそか、おはよ~莉玖!パパにお着替えしてもらったのか、良かったな~!」
「あ~のぉ~!あ~の、いく!」
オレが朝飯を作りながら莉玖に話しかけると、莉玖がオレに手を伸ばしてきた。
「綾乃は朝ご飯を作ってくれているから、莉玖はパパとこっちで待っていよう」
「やっ!あ~のいく!パッパや~の!」
由羅が言い聞かせて椅子に座らせようとした途端、さっきまでご機嫌だった莉玖が急にジタバタして椅子から下りようとした。
「莉玖!ちゃんと座っていないと危ないだろう?」
由羅は莉玖を椅子に座らせようと悪戦苦闘していたが、ピタッと手を止めると、
「莉玖……そうだな、パパより綾乃がいいよな……わかるぞ、その気持ち……パパも綾乃がいい。今すぐ綾乃のところに行きたいのもわかる。パパも綾乃を抱きしめたい!だが……人間には我慢が必要な時もあるんだ。莉玖にとっては今だな。ちなみに、パパにとっても今だ。綾乃のおいしい朝ご飯を食べるために一緒に頑張ろうな?――」
と何やら神妙な顔つきで莉玖とひそひそ話を始めた。
え、ちょっと待て……何の話をしてるのかな……?
料理中なのでオレには部分的にしか聞こえてこないけれども……由羅、情緒大丈夫か?なんかもう莉玖よりおまえの方が心配なんですけど!?
「んん゛……あ~……莉玖、綾乃は今莉玖の好きなタコさんウインナー作ってるからな。パパと椅子に座って待っててくれるかな~?じゃないと、タコさんぴゅ~ん!って逃げちゃうぞ~?」
「たこしゃん!?り~ちゅん、ここよ!たこしゃんこっちよ!パッパ、こ~こ!」
タコさんウインナーと聞くなり莉玖が慌てて椅子に座り、由羅に「早くおまえも座れ!」と隣の椅子を指差してテーブルをパンパンと叩いた。
「……ん?パパも座ればいいのか?」
由羅は莉玖の急な変化に戸惑いつつも、大人しく椅子に座った。
実は、歩けるようになってきた莉玖は、以前食事中に椅子から立とうとしてタコさんウインナーを吹っ飛ばしてしまい、食べられなかったことがあった。
それが余程ショックだったのか、それ以来タコさんウインナーを食べる時は大人しく座って待ってくれるようになったのだ。
ハハハ、これが他の食事やイヤイヤ期でも通用してくれればいいんだけどな~……
***
「――あ、由羅、そろそろ時間だぞ?」
莉玖の食事を手伝っていた由羅に声をかける。
「おっと、もうそんな時間か。莉玖、パパはお仕事に行って来るから、莉玖は綾乃の言うことをよく聞いて、残りの朝ご飯もちゃんと食べるんだぞ?」
「あ~い!」
「いい子だ!」
由羅はコーヒーを飲み干して莉玖の頭を撫でると、玄関に向かった。
オレは莉玖を抱っこしてその背中を追いかける。
莉玖の食事を中断させるのはイヤだけど、莉玖と一緒に由羅を見送るのも大事な毎朝の恒例行事だからな。
「あ、由羅~……じゃなくて、パパ待って!はいこれ!」
「ん?」
オレがお弁当を入れた紙袋を渡すと、由羅が何とも言えない顔で固まった。
「え、パパ?どうしたんだ?」
「綾乃……もしかして……今お弁当 を受け取ると言うことは、今日はもう会社に来ないのか?」
「うん、まぁ……もしかしなくても、そういうことになりますね?」
だって、昼に行く理由がないし?
「……」
「おいこら、さりげなく弁当を置いて行こうとすんな!そういうことするなら、もう作ってやんねぇぞ!?」
「それはイヤだ!」
「だったら、ちゃんと持っていけ!」
「……わかった……綾乃、じゃあせめて行ってらっしゃいのキスを……」
真顔で何言ってんだこいつ……
「バカなこと言ってないでさっさと行く!」
「行ってきます……」
由羅はしょんぼりと肩を落とし「綾乃が冷たい……」とブツブツ文句を言いながら靴を履いた。
あ~もう……っ!
「パパっ!」
オレは玄関を開けようとした由羅を呼び止めると、ネクタイを引っ張って少し屈ませ軽く頬にキスをした。
それを見た莉玖もオレに負けじと反対側の頬にぶっちゅうぅ!と吸い付いた。
「……ぇ?」
「ブハッ!なんだよその顔!」
自分からするのは慣れていないので羞恥で顔が熱くなりかけたが、両頬にキスをされた由羅のキョトン顔があまりにも面白かったので笑ってしまった。
「パパ、昼になったらいつもみたいに電話してこいよ。夜も、莉玖と一緒に家 でパパのこと待ってるから、あんまり無茶せずに程々で切り上げて帰って来い。いいな?」
照れ隠しに早口でまくし立てながら莉玖の涎まみれになった由羅の頬をティッシュで拭き取る。
「……あぁ」
「声が小さい!」
「ハイ!」
「よし、気を付けて行ってらっしゃい!ほら、莉玖もパパに行ってらっしゃいって!」
「パッパ、らっちゃい!」
「行ってきます!」
由羅は嬉しそうに口元を綻ばせると、莉玖とオレの頭をポンポンと撫でてご機嫌で家を出た。
やれやれ……
「さてと、莉玖!綾乃と一緒に朝ご飯の続きだ!――」
***
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