334 / 358
〇〇の秋 第331話
ふぅ……なんか勢いだけで乗り切った感があるけど、とりあえず池谷さんに頼まれてたことは伝えたし、由羅の言質も取ったし、もういいよな……
池谷に『任務完了』のメールを送ったオレは、ふと隣で沈んでいる由羅を見て首を傾げた。
ん?由羅、へこんでる?
ちょっと強く言い過ぎたかもしれねぇけど、そこまでへこまなくても……って、いや待て……オレさっき由羅になんて言った!?
勢いに任せて口走ったので内容は自分でもあまりよく覚えていないが、最後に放った言葉がふと頭を過 ぎって一気に血の気が引いた。
……博嗣 と同じ……は、言っちゃダメだろオレ……
「……由羅?……ゆ~らさん?」
恐る恐る話しかけ、枕に突っ伏している由羅の頭を軽く撫でる。
「あの……由羅、さっきのは言い過ぎた。ごめんなさい」
「……」
由羅は返事をする代わりに不貞腐れつつオレの手を握って、もっと撫でろと促して来た。
はい、撫でますよ。いくらでも撫でさせていただきます!
あ~くそ!やっぱり断れば良かったな……いくら池谷さんに延々と頼み込まれたとはいえ、オレは部外者なわけだし……挙句に一番言っちゃいけないこと言って……由羅にしてみりゃ、何もわかってないクセに余計なことに口出しすんなって感じだよな……
だけど……
「あのさ……出張は仕方ないんだけど……由羅がひとりで仕事抱えると帰りが遅くなるだろ?で、そんな日が続いたらまた杏里さんの家にお世話になるかもしれないだろ?そうなると、由羅とは画面でしか会えなくなる。杏里さんの家に行くのはイヤじゃねぇけど、由羅に会えないのはイヤ……っていうか、淋しいから……出来たら残業はあんまりしないで早く帰って来て欲し……」
「淋しいのか!?」
突然、由羅がガバッと起き上がってオレの上に覆いかぶさって来た。
「ふぇっ!?」
な、なんで急に元気になってんだよ!?
「淋しいのか?」
「そ、そりゃまぁ……パパに会えないと淋しいだろ?莉玖だって……」
「綾乃もか?」
「オ、オレ?……オレは……あの、由羅顔近くね?」
莉玖を起こさないように小声で話しているとは言え、顔近すぎるだろ!!
「綾乃も淋しいのか?」
「は?いや、オレは別に……っつーか、顔!もうちょっと離れろって……」
手首を掴まれているせいで由羅の顔を押しのけられない。
それならと顔を背けようとしたが、それも由羅に阻止されてしまう。
由羅は鼻先が触れそうな微妙な距離で止まってオレをじっと見つめていた。
いやもう、何がスゴイって、圧がスゴイんだよ、圧がっ!!
眼力 強っ!!怖いってば!!一体何なんだよ!?
「綾乃は淋しくないのか?」
「だから……なんでオレが……」
「どうなんだ?」
由羅はオレが返事をするまで退かないつもりらしい。
「……」
淋しくないかって?そんなの……オレは別に……由羅なんていなくても……全然……
「さ……しい……」
「ん?」
「あ~もう!オレも淋しいってばっ!これでいいかよ!何回も言わせんな!」
オレが半分ヤケクソ気味に由羅の耳元で怒鳴ると、由羅の表情がくしゃっと崩れて嬉しそうに笑った。
「そうか!私も淋しいぞ!よし、わかった。綾乃がそんなに淋しいなら、ひとりで片づけようとせずにみんなに手伝ってもらってなるべく早く帰って来るようにする!」
「へ?……あ、うん……ぇ、ちょ……っ!?」
由羅は満面の笑みでオレに軽くキスをすると、オレを抱きしめたままゴロンと横に寝転がり、そのまま機嫌良く眠り始めた。
……んん?え、なにこれ……もしかして、由羅には今のが一番効いたってこと?
何だよ!最初から「淋しいから早く帰って来い」って言えば済んだってことじゃんか!!あ、オレじゃなくて莉玖が!莉玖が淋しがるからだぞ!?オレじゃないからな!?
ハッ!もしかして、池谷さんが「綾乃様がひとこと囁くだけで大丈夫です」って言ってたのってこういうこと!?
あぁ、もうヤダ……それならそうと言ってくれよおおおお!!
必死に頑張ったオレの無駄な時間と労力を返して欲しい……
オレは長いため息を吐くと、やり場のない怒りを込めて由羅の胸元に軽く頭突きをした。
***
ともだちにシェアしよう!