336 / 358
〇〇の秋 第333話
「あ~の、あれしゅる!り~ちゅん、しゅべるよ!」
公園に着くなり、莉玖がお気に入りの滑り台目がけてポテポテと走り始めた。(実際には早歩きだが)
「はいはい、ストップ!莉玖、リュックはパパにどうぞして」
遊具に引っ掛けると危ないので、リュックを下ろさせてから階段へと連れて行く。
「ゆっくり上るんだぞ。ほら、足元ちゃんと見て……」
小さい子用の滑り台なので高さ的にはデッキがオレの肩あたりにあり、階段も数段。
幼稚園くらいになればもう物足りなくなる高さだ。それでも今の莉玖にとっては大きい。
焦ると足を踏み外すので、落ちないように後ろから見守りつつ自分で上っていくよう促す。
「綾乃」
「ん?」
「私が莉玖を抱き上げて上に置いてやった方が早くないか?」
膝をついて慎重によじのぼっている莉玖を見かねたのか、由羅がオレの顔を見た。
「ダメ。莉玖が頑張ってるんだから邪魔しない!」
「ハイ……」
そりゃたしかに、階段をすっ飛ばして由羅が抱きあげてデッキに乗せた方が早い。
が、莉玖はもう2歳。歩く、上る、下りる、滑る、跳ねる……いろんな動作を楽しめるようになってくる月齢だ。
莉玖は歩き始めるのが遅かったので足腰の発達具合についてはオレも若干心配していたが、だいぶふらつきも減って上手に歩けるようになってきたし、ハイハイの時期が長かったせいか握力や腕の筋力もしっかりしているので、『掴まる』『よじのぼる』といった動作も上手に出来る。だからこれくらいの階段なんて朝飯前なのだ。
「そうか。それならいいが……」
「ほら、もうデッキに着くぞ!」
「……あ~の、みて~!」
ひとりで上まで辿り着いた莉玖が、万歳をして嬉しそうに笑った。
「はいよ~、ちゃんと見てるぞ~。すごいすごい、ひとりで上れたな~!」
「きゃ~!り~ちゅんしゅご~い!」
自分自身に拍手喝采を送る莉玖に、思わず周りのママさんたちもフフッと笑う。
「それじゃ滑るか!後ろから次のお友達も来てるからな!」
「あい!り~ちゅん、しゅべるよ!」
「あ、パパそっちで待ってて!」
心配して滑り台の周囲をウロウロしている由羅に、滑り台の下で莉玖を受け止めるように指示を出す。
「え?あぁわかった!」
「莉玖はちゃんとお尻つけて、足伸ばしてるか~?」
「あい!」
「よし、パパのところまで滑ってこ~い!」
オレはすべり面に莉玖のお尻がついているのを確認するとそっと腰に手を添えて莉玖を押した――
***
それからおよそ20分後。
「――莉玖、待ってくれ!ちょっと休憩しないか?」
滑り台の階段に向かおうとした莉玖を由羅が慌てて引き留めた。
この20分間、莉玖は上っては滑る……をひたすら繰り返していたのだ。
「え~?り~ちゅんしゅべるたい ~!」
まだ滑り足りない莉玖は、由羅の手から逃れようともがく。
「ちょっとだけでいいから、な?頼む!パパを休ませてくれ!」
「も~!パッパぁ~……」
莉玖が「これくらいで疲れるとか、ありえな~い!」というような呆れた顔で由羅を見る。
由羅と莉玖のやり取りが面白くて、オレは敢えて黙っていた。
でもまぁ、由羅、最近忙しかったからあんまり眠れてねぇしな……そろそろ助け舟出してやるか。
「り~く!パパが休憩してる間に、莉玖もおやつタイムにしようか!」
「おやちゅ?」
「うん。綾乃がちゃんとリュックに入れておいたから……ほら、あった!」
「あっ!り~ちゅん、いる!たべるの!」
オレがリュックからおやつを出して見せると、莉玖は慌てて手を出してきた。
「じゃあ、あっちのベンチに行こうか。座って食べような!」
「あ~い!パッパこっちよ~!」
先ほどまであれだけ渋っていたのに、おやつを見た瞬間に莉玖の頭の中はおやつでいっぱいになったらしい。
莉玖はニコニコしながらベンチまで由羅を引っ張っていった。
***
ともだちにシェアしよう!