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働くパパはカッコいい? 第338話
由羅の電話からおよそ2時間後。
オレは莉玖と手を繋いで、由羅の会社の前に立っていた。
「ほぉら、着いたぞ莉玖~!ここがパパの会社だ!」
「ぱっぱぁ~?」
「うん、この建物の中でパパがお仕事してるんだぞ~!今から会いに行こうな!」
「あい!」
***
由羅の“本題”とやらは、忘れ物を届けて欲しいというものだった。
「今日は使わないはずだったから置いてきたんだが、急遽会議の内容が変更になって必要になったんだ。すまないが持ってきてもらえるか?」
「え~と、『A案』ってマークがある水色の封筒に入ってるやつだな?持って行くのは別にいいけど……莉玖はどうしようか?」
オレは由羅の部屋から取って来た水色の封筒をテーブルに置いて、まだ爆睡中の莉玖をチラリと見た。
「そうだな……今日は姉さんは……」
「杏里さんなら、今日はお茶会があるって言ってたぞ」
「そうか。じゃあ姉さんに頼むのはダメだな……」
杏里は今は一応専業主婦だが、以前の仕事の関係や旦那の仕事の関係でしょっちゅうお茶会やパーティ―に呼ばれている。
今回は旦那関係のお茶会で、杏里がホスト役なので、杏里の家でお抹茶を点てて“おもてなし”をするのだと言っていた。
ちなみに、お茶会にもいろいろあって、ホスト役によっては紅茶を飲む英国式のティーパーティーにする場合もあるらしい。
旦那関係のお茶会は、一応会社の役員の奥様連中が集まって交流を深めるという名目で開かれているらしいが、実際のところはマウントの取り合いと情報交換の場で、和やかな笑顔の裏ではみんな腹の探り合いなのだとか。
あの杏里でさえ、お茶会の前は「いいこと?綾乃ちゃん。女にはね、絶対に負けられない戦いがあるのよ……!!」と、ちょっとピリピリしている。
うん、なんかよくわからねぇけど、お茶会怖い!
そんなわけで今日は杏里だけでなく、お手伝いさんたちも大忙しなので、莉玖をみてもらうのは無理なのだ。
「預けられる人もいないし、連れて行くしかねぇよな……?」
「そうだな……ひとりで大丈夫か?」
「ん?うん。由羅の会社はもう何回も行ってるから、ちゃんと道も覚えてるぞ?」
オレ方向音痴だと思われてる?
「そうじゃなくて、ひとりで莉玖を連れて会社まで来られるかってことだ。荷物も多くなるし、莉玖を連れていると移動が大変だろう?」
「あぁ、そういう意味か。移動はタクシー使うから大丈夫だよ。それよりも会社に子どもを連れて行っても大丈夫なのか?」
「それは問題ない」
「そか。あ、何時までに持って行けばいい?」
「今から家を出れば余裕で間に合うはずだ」
だから何時だよ!?
今からって言われても……
「あのさぁ、オレだけなら今すぐ出られるけど、莉玖を連れて行くならいろいろ準備してからだから、スムーズに準備出来たとしても、そっちに着くのは1時間後くらいだぞ?」
いつもお出かけの時には莉玖の準備だけで大騒ぎしてるんだからわかるだろう!?
「あぁ、わかっている。それを使うのは午後からの会議だから大丈夫だ。慌てなくていい。もし間に合わなくてもどうにかなるから、くれぐれも安全運転でな?」
「それはタクシーの運転手に言ってくれ……」
***
由羅の電話を切ったオレは、急いで出かける支度をした。
お出かけセットは常に用意してあるから問題ない。
寝ている莉玖のオムツを交換して、上着を着せて……
そうだ!せっかく出かけるんだし、弁当を持って行って帰りにどこか公園にでも寄ろうかな!
今朝は起きるのが早かったので、由羅の弁当を作るついでに莉玖とオレの昼飯も作っておいたのだ。
オレはそれをお弁当箱に詰め込んで水筒と一緒にリュックに入れた。
「よし、後はタクシーを呼ぶだけだな!このまま莉玖が寝ているうちに……あ゛……」
「ん゛~!あ~のぉ~!」
思ったよりも早く用意が出来た!と喜んでいると、タクシーを呼ぶ前に莉玖が目を覚ました。
寝ぼけてぐずる莉玖をあやしながら、今からお出掛けすることを伝える。
すると、ぐずっていた莉玖はピタッと泣き止み「おでたち !いこー!」と意気揚々と靴を履きに行った。
お、もっとぐずるかと思ったけど……イイ感じ?よし、この調子で……!
「莉玖~、タクシー呼ぶからちょっと待って!リュックも忘れてるぞ!」
「たっちー?」
「うん、タクシーに乗っていくからな~」
利用するタクシーと運転手は、由羅に指定されている。
由羅がよく利用している個人タクシーで、一番信用出来る人らしい。
タクシーを呼んで、荷物を玄関に持ってきて、莉玖に靴を履かせて……準備万端!
「たっちー 、ちた っ!」
「ま~だだよ」
「たっちー、まぁだ?」
「ま~だだよ~……あ、来たかな?」
『タクシー来たわよ~!』
家の前に車が止まる音がして、莉奈がオレにだけ聞こえる声で知らせてきた。
「よし、それじゃ行こうか!」
「たっちー!たっ……ん゛ん゛~~~~っ」
「……ん?」
インターホンが鳴ったのでオレが荷物を持ってドアを開けようとした瞬間、それまでオレの足に捕まってぴょんぴょんしていた莉玖が、急に険しい顔で直立不動になった。
それと同時に微かに芳しい匂いが……
おぅふ……今!?
「すみません!あの、子どもが興奮し過ぎて大きい方が出ちゃいました!オムツ交換してくるのでちょっとだけ待っててください!すぐ交換するので!ホントすぐだからっ!」
オレはドアを少し開けてタクシーの運転手に早口で告げると、光の速さで莉玖の靴を脱がせてオムツを交換した。
由羅がよく利用しているおかげか、事前に幼児がいることを知らせてあったおかげか……運転手さんは「大人でもお出かけ前ってトイレしたくなりますよね」と優しく笑ってくれたから良かったが……ようやくタクシーに乗車できた時には、思わず安堵のため息が出た。
***
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