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働くパパはカッコいい? 第340話
「莉玖!前……――っ!」
床に描かれている謎の模様(会社のロゴマーク)に気を取られて下を向いていた莉玖は、受付で怒鳴り散らしている女性にぶつかり、ポテっと尻もちをついた。
一瞬にしてその場の空気が凍り付く。
オレだけでなくその場にいたみんな(約1名を除く)が、目を覆って天を仰いだ。
よりによって自称由羅の婚約者 に……
「何よこの子!?やだ、服が汚れちゃったじゃないの!どうしてくれるのよ!?なんで会社にこんな子どもがいるの!?――」
「すみません!」
オレはヒステリックに喚く女性に驚いて固まっている莉玖を急いで抱き上げると、勢いよく頭を下げた。
「あなたの子どもなの!?いったい何を考えてるの!会社は遊び場じゃないのよ!子どもを連れて来るなんて非常識だわ!――」
「いや、オレの子ではないですけど……でもオレの責任です。オレが手を離しちゃったせいです。すみません!」
「あ~のぉ~……?ぁぅ……ふぇ……っく……びぇぇええええええん!!」
ひたすら頭を下げるオレとキイキイ声で怒鳴り散らす女性を交互に見ていた莉玖が、とうとう泣き出した。
オレも泣きたああああああああああいい!!
受付で取り合ってもらえなかった不満もこちらに向けられたようで、いくらオレが頭を下げようとも怒りが静まる気配はない。
その上、莉玖が泣き出したことで余計に相手の機嫌が悪くなった。
あ~ぁ……オレ、由羅の自称婚約者と揉めるのこれで2人目だ。
……っていうか、どこが汚れてんだよ?
頭を下げつつ相手にバレないように莉玖が当たった部分を確認してみたが、莉玖は俯いた状態で頭からぶつかっていったので、よだれや鼻水がついたわけではない。(そもそも泣き出すまでは出てなかったしな)
お菓子を持っていたわけでも、手が汚れていたわけでもないので、相手の服に汚れなどつくはずがないのだ。
だが、ぶつかったのは事実なので、莉玖の手を離してしまったオレに非がある。
こちらに非がある以上、汚れていなくても、相手が汚れたと主張すればまかり通ってしまうのが世の常で……
保育士時代のモンペが頭を過ぎった。
「あの……クリーニング代はお支払いするので……」
ぅ~……高そうな服……クリーニング代いくらするんだろ……
クリーニング代だけで済めばいいけど……弁償しろとか言われたらキツイなぁ……
「ぅわあああああん!」
「あ~もう!うるさいわねっ!さっさと泣き止ませなさいよ!!だいたい、子どもって泣けばなんでも許されると思ってるから嫌いなのよ!――」
これ絶対長いやつだな……
「……あの~……オレに非があるからいくらでも怒鳴ってくれて構わないんですけど、ちょっと急ぎの用事があるのでそれを先に済ませても……?」
「はあ!?私が怒鳴ってるですって!?人聞きの悪いこと言わないで頂戴!!私がヒステリックな女だと思われちゃうじゃないの!!」
だって、怒鳴ってるじゃんか……
そもそも、莉玖がぶつかる前から怒鳴り散らしてたんだから、もう十分ヒステリックな女だと思われてるぞ?
「あなたねぇ、自分だけが忙しいとでも思ってるの!?私だって忙しいのよ!!」
「ですよね~……」
……そりゃオレも、このタイミングで言うのはどうかと思うけどさぁ……
ただ、由羅にこの封筒渡さないと会議が……それに莉玖はあんまりこういう場にいさせたくねぇし……
大人の怒鳴り声なんて、子どもの精神衛生上よくないからな。
まぁ、オレも由羅とよく言い合いしてるけど……うん、気を付けよう!
「ちょっと、聞いてるの!?」
「はい!もちろんです!」
全然聞いてません!
「それじゃ、10分……いや、5分待って下さい!後で土下座でも何でもするから!」
「ダメに決まって……」
「しぃ~!」
怒鳴り散らす女性に向かって真剣な顔で人さし指を口元にあてるフリをすると、女性が一瞬黙り込んだ。
その隙に由羅に電話をかける。
なかなか出ねぇな……まさかまだ会議中!?
「綾乃か?どうした?」
「あ、あのさ、着いたんだけど……」
「ぅぎゃああああああ!!」
「ん?着いたのか?なら上がって来い」
「いや、それが……あの、ちょっと問題が……」
「あぁあああああぁのぉおおおお!!」
莉玖の声で由羅の声が聞き取れないので、莉玖から精一杯携帯を遠ざける。
が、オレが莉玖を抱っこしているのだから、遠ざけられる距離などたかが知れている。
それに、遠ざけようとすると余計に莉玖がしがみついてくるので結局は変わらない。
「問題?莉玖が泣いているのと関係あるのか?」
「えっと……とにかく、オレはそっちに行けないから、封筒を取りに……」
って、今ここに由羅が来たらダメじゃん!?この人、由羅の自称婚約者とか言ってる要注意人物みたいだし、そんな怪しいのと由羅を会わせるわけには……
「あの、いつもみたいに池谷さんに下りてきてもらって……」
「なぜ池谷なんだ?私が下りるからちょっと待ってろ」
「いや、おまえは来るな!」
「どうしてだ?」
「どうしても!!」
「ぁんぎゃあああああああああ!!」
「あの……そう!莉玖が今ちょっとご機嫌斜めだから!」
「だったら、余計に池谷より私の方がいいだろう?」
「……ソウデスネ……」
そうなんだけど、今はダメなんだってばぁあああ!!
「あ~えっと、そうだ!受付の小森 さんに預けるから!持って行ってもらうから、待ってろ!そんじゃ!」
「おい、綾――……」
オレは一方的に通話を終了し、受付の小森さんに莉玖と封筒を渡した。
「あいつに渡してください!」
受付の小森さんは、オレが由羅をここに呼ばないようにしていることを察して「わかりました。いつものところですね!」と頷くと、莉玖と封筒を抱えてエレベーターの方へと向かった。
***
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