344 / 358
働くパパはカッコいい? 第341話
「……さてと」
小森 さんに抱っこされて号泣しながら遠ざかっていく莉玖を見送ったオレは、莉玖に負けないくらい喚いている自称由羅の婚約者に向き直った。
オレの経験上、ヒスを起こしている人というのは、喚くことでどんどん頭に血が上って興奮してしまうので、とりあえず黙らせる必要がある。
かと言って、向こうは自分の怒りを発散するために喚きたいだけなのでこっちの話など最初から聞く気などないし、向こうに触発されて怒鳴り返すとますます負けじと怒鳴り返して来るのできりがない。
となるとここは……相手の意表を突く!!
「ちょっと聞いてるの!?」
「はい、お待たせしました!土下座しまっす!」
「この私を無視……え?」
「ほんっとぉおおおおにっっ!!もぉおおおおしわけございませんでしたあああああああああっっっ!!!」
オレは相手の声を上回る大声で、大袈裟に土下座をした。
「……えっ!?」
自称由羅の婚約者が、ポカンと口を開けたマヌケな顔で固まる。
うん、ようやく静かになった。
「子どもがあなたの足に当たったのは手を離してしまったオレの責任です!子どもが当たったせいであなたの服に目視ではわからないほどのミクロな汚れをつけてしまったのもオレの責任です!本当に申し訳ございませんでした!――」
オレはちょっと嫌味も交えて早口でまくし立てた。
自称由羅の婚約者が喚き散らしていた内容はめちゃくちゃで、大袈裟で、理不尽なものばかり。
それもそのはずで、莉玖がぶつかったのは事実だが、服を破いたわけでも汚したわけでもケガをさせたわけでもない。9割がただの八つ当たりなのだ。
そんな八つ当たりに対して土下座までするのはどうかと思ったが、ヒスを止めるためにはこれくらい突拍子のないことをするしかない。
さすがにここまですれば、この女も、自分が「幼児がちょっと足に当たっただけでギャンギャン騒いでいるヤバい女」だという事実に気付く……はず!
問題はその後で……そのまま冷静になるか、もしくは……
「~~~~~っ……ふ、ふざけないでっ!なによ!私は悪くないわよ!こんなところに子どもを連れて来てるのが悪いんでしょう!?そっちが悪いんだから、土下座くらい当たり前よ!――」
う~ん……逆ギレしてまた喚きだすタイプか~……
……まぁ、何となく予想はしてたけど……
「――もう!クビよっ!!あなたのような非常識な人間は即刻……」
「あ、大丈夫です。オレ、ここの社員じゃねぇし」
「はあ!?そんなの嘘よ!だって部外者なら、なんでここにいるのよ!?」
おまえもこの会社の人間じゃねぇだろ!
「オレは忘れ物を届けに来ただけですけど?」
「……ということは、ここにあなたの知り合いがいるのね!?ふん!いいわ。それなら、あなたの知り合いとやらをクビにしてやるから!態度の悪い受付の女も、そこの警備員もみんなクビよっ!この私に無礼な態度を取ったことを後悔すればいいわ!覚悟しておきなさい!!」
女は勝ち誇ったような顔で、受付と警備員を指差した。
いや、だからおまえにそんな権限はないだろ……!
それに……
「オレの知り合いをクビに……ですか?」
「そうよ!」
「う~ん……それは難しいと思いますけど?」
オレの知り合いって……ここの社長と社長秘書だし?
「出来ないとでも!?この私を誰だと思っているの!?」
「知りません」
「なんで知らないのよ!?」
初対面だからだよっ!
「あなたはオレのこと知ってます?」
「知るわけないでしょう!?」
「じゃあ、オレも知るわけないですよね?」
今日初めて会ったのに知ってたら怖いっつーの……
だが、オレの返事はお気に召さなかったようで、女は歯ぎしりをしながら地団太を踏んだ。
「この――……っ!?」
あ……やば――……!
「何をしているんだ?」
女がオレを叩こうとしたので、一発くらい殴られてやるかとギュっと目をつぶった瞬間、聞き慣れた声がした。
「……ぅげっ!」
目を開けると、由羅が振り上げられた女の手首を掴んでいた。
「……ぁ、き、響一さ……」
顔面真っ青の女が由羅に何か言おうとしていたが、由羅は掴んでいた女の手を投げ捨てるように離すと、女を無視してオレに手を伸ばして来た。
「綾乃、立てる……」
「あぁぁぁあああぅのぉぉおおおお!!」
「あ、こら!莉玖!危ない!」
由羅は床に正座していたオレを引っ張り起こそうとしたが、由羅に抱っこされていた莉玖がオレに向かって手を伸ばし身体を乗り出したので、落とさないように慌てて莉玖を抱き直した。
「ぃいいいいやああああ!」
「あ~、はいはい。おいで莉玖」
オレは自分で立ち上がると、由羅から莉玖を抱き取ってあやしながら、女に聞こえないよう小声で由羅に話しかけた。
「あの、由羅ごめん!これは……その……」
「わかっている。話は莉奈と小森さんから聞いた」
「え?」
「おまえは先に莉玖を連れて私の部屋に行け」
「え、でも……」
「大丈夫だ。後は任せろ」
由羅は軽くオレと莉玖の頭を撫でると、隣に立っていた池谷 さんに目顔で合図をした。
「池谷、2人を連れて行ってくれ」
「はい。それでは綾乃様、参りましょうか」
「え?いや、あの、でもオレ……」
これはオレの責任だし……それに由羅はあの女と会いたくないんじゃ……?
「あれは社長に任せておけばいいんですよ。今回の件はちょうどいいですしね」
「へ?」
「ささ、参りましょう!――」
オレは由羅と残りたかったが、結局池谷さんに背中を押されてその場を後にした。
***
ともだちにシェアしよう!