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働くパパはカッコいい? 第343話
「――失礼いたしま……おやまぁ……」
池谷 が書類を持って入ってきた時、オレはウトウトしながら膝の上の由羅の頭と、由羅の胸の上で眠っている莉玖の背中を撫でていた。
「んがっ!?……えと……あの……ぁははは……」
ヒィイイイッッ!!デジャヴ!!
前回は睡眠不足の由羅を心配した池谷さんに、どんな手を使ってもいいからとにかく由羅を眠らせるよう頼まれてたけど……今日は別に睡眠不足じゃないのにこれはさすがに変だよな……?
「おい、由羅!起きろ!池谷さん来てるってば!仕事~っ!」
莉玖を起こさないように由羅の耳元で叫びつつ、由羅の顔をペチペチと叩く。
「うう゛~~ん……綾乃、キスならもう少し優しく……」
「ファッ!?……おまっ……このバカッ!なななに言ってんだこらっ!寝ぼけんなっ!」
「あぁ、綾乃様大丈夫ですよ。まだ午後の会議までは時間がありますので、どうぞもうしばらくそのままで――」
「……へ?」
慌てて由羅の口を塞いで頭を思いっきり叩こうとしたところで池谷に止められてしまった。
そのままでって……オレが大丈夫じゃないんですけど!
っていうか、池谷さんにはさっきの寝言聞こえてねぇのか!?それとも聞こえててスルー!?
よし、スルーでお願いしますっ!!
「でも、いちゃつくのは私がいなくなってからでお願いしますね」
スルーしてくれないぃいいいいい!!
「や、やだなぁ池谷さん何言ってんですか!今のはこいつ寝ぼけて……あの、ほら、莉玖がよくしてくるから!チュって!オレが莉玖にするせいか、莉玖も真似してしてくるんですよね~!だからただの愛情表現で……」
『ただのも何も、キスは愛情表現よね?』
あ~んもう!莉奈さんお黙りなすってぇえええええ!!
「それにしても……莉玖様がいらっしゃっても、そうなんですね」
池谷は、動揺して必死に言い訳をするオレを気にする様子もなく、若干呆れ顔で由羅と莉玖をチラリと見た。
ぅおおおいっ!ここでスルーかよ!スルーするなら最初からスルーしておいて欲しかった……!
「そ、そうですね!?……あ~……いや、あの莉玖が起きてる時は一応ちゃんと父親らしくしてるんですけどね!?ほんとについさっきまでは……」
そう……つい数十分前までは――……
***
――数十分前。
賑やかに弁当を食べ終えた莉玖はさっそく部屋の中を探索し始めた。
「ぱっぱぁ、コレ?」
「これは『棚』だ。大事な書類が入っているんだ」
「こっち~?」
「これは『机』だ。ここに座ってパパがお仕事をしているんだ」
「ぱっぱぁ、コ~レ!」
「これは――……」
莉玖は初めて来る場所なので興味津々だ。
オレが弁当の片づけをしている間、由羅が莉玖のあとについて「これ、なに?」の相手をしていた。
だが、由羅の部屋はシンプルな事務用品ばかりであまり面白い調度品などはないせいか、莉玖の探索はすぐに終わってしまった。
そんな莉玖がひとつだけ気に入ったのが窓からの眺めだった。
由羅の家も杏里の家も一戸建てなので、せいぜい3階程度の高さだ。
そのため、高層階の窓から見える景色が珍しかったようだ。
年末に旅行に行った時に泊ったホテルでは高層階の部屋だったけど、あの時はまだ莉玖は小さかったし、ホテルにいる間はほとんど真っ暗で窓からの景色を見ることはなかったしな~……
「ぱっぱぁ、アッチ!」
莉玖が人さし指を突き出して腕をぐるぐる回しながら空を指差す。
「どれどれ?あぁ……『空」だな」
「とら?」
「トラは動物だぞ。『そ、ら』だ」
「しょ~、りゃっ!」
「……まぁ、そんな感じだな」
「ぱっぱぁ、アレ!」
「あの白いのは『雲』だ」
「う~、んもっ?」
「そうだ。雲は大気中の水滴が……」
「……?」
「大気中と言ってもわからないか。空気中……そこらへんに漂っている小さい水が……――」
由羅は莉玖の語彙が増えて来た頃から、莉玖に話しかけることが増えた。
ただ、大人との雑談も苦手なのに子ども相手にどう話しかければいいのかわからないらしく、かなり苦戦している。
今も、なるべく莉玖にわかりやすく『雲』について説明しようとしていた由羅は、いつの間にか分子レベルの話をしていた。
由羅曰く、一応オレの莉玖への接し方を参考にしているらしいが……
オレ、2歳児にあんな専門的な話なんてしねぇから!
“わかりやすく”のベクトルが斜め上なんだよなぁ……
2歳児相手の雲の話なんて「白くてふわふわだな~、おいしそうだな~、〇〇みたいな形してるな~……」ってな感じですけど!?
しばらくすると、首を傾げて「なにいってんだ、このおっさん……」という顔で由羅の話を聞いていた莉玖が、白目でゆらゆらと身体を揺らし始めた。
わかる!わかるぞ、莉玖!由羅の声って心地いいんだよな~。その声でそんな小難しいことを話されたら、もうただの子守歌だよな!!
笑いをかみ殺してふたりの様子を見守っていたオレは、いつの間にかつられてウトウトしていた。
***
「……ん?」
膝に重みを感じて目を開けると、由羅と目が合った。
「……おまえ、なにやって……」
「シィ~!莉玖が寝たし、綾乃も寝ていたから私も休憩しているだけだ。気にするな」
「莉玖?」
ぼんやりと由羅の目線を追うと、由羅の胸の上で爆睡する莉玖を見つけた。
由羅は莉玖を抱っこしたままソファーに横になってオレの膝に頭を乗せてきていたのだ。
どうやら莉玖も由羅の子守歌に負けたらしいな。
「莉玖こっちで寝かせようか?」
「いや、動かすと起きそうだからこのままでいい」
「そか」
一応由羅と莉玖の顔の間にタオルを挟んであるので、由羅の胸元が涎 まみれになる心配はないはずだ。
オレは莉玖の呼吸が確保されているのを確認すると、無意識に由羅と莉玖をポンポンしながらまたウトウトして……
で、冒頭に戻るわけだ。
***
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