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働くパパはカッコいい? 第344話
それから15分程して、池谷 が由羅を起こしに来た。
「社長、申し訳ありませんが次の会議までに目を通していただきたい書類が山積みですので、そろそろ起きてください」
「……起きた」
由羅は小さく唸って一瞬キュッと眉間に皺を寄せると、目を閉じたまま池谷に向かって手を出した。
「どうぞ」
池谷が表情を変えずに由羅に書類を手渡す。
「……って、その前に由羅はちゃんと起きろよ!」
池谷から書類を受け取って面倒そうに目を開けた由羅の頭を、オレは容赦なくスパーンッ!と叩いた。
ここは家のリビングかっ!オレの膝の上でくつろぎながら仕事すんな!
池谷さんもちゃんとツッコんで!?
「痛っ……だって私が動いたら莉玖が起きちゃうだろう?」
「だってじゃありません!莉玖が起きるまでそうやって寝転んで仕事するつもりかよ!」
「書類に目を通すだけなら問題ない」
いやいや、上に立つ者としてはいろいろ問題あるんじゃねぇの!?
こんな姿誰かに見られたら……
「直接ここに来るのは池谷くらいだから大丈夫だ」
「以前は私の前でもこんな姿見せなかったんですけどね……」
池谷が若干苦笑しつつ由羅から書類を受け取ってはまた渡していく。
以前はなかったって……それってつまり、オレのせいってこと!?
「あぁ、違いますよ。綾乃様のせいというわけではありません。なんというか……社長は今までが仕事ばかりに根を詰めすぎだったんです。ですから、休憩と仕事をバランス良くこなしていただければ私は一向に構いません」
バランス良く……うん、言いたいことは何となくわかるけどさぁ……
この格好で仕事すんのは絶対違う気がするぞ……?
それに……
「まぁ……オレは別にいいけど……由羅、おまえは莉玖がいるのにそれでいいのか?」
「ん?」
「だってさぁ、せっかく可愛い息子が職場に来てるんだぞ?ここは……“かっこよく働くパパ”を見せるところじゃねぇの?」
「……かっこよく働くパパ?」
由羅の眉がピクリと動いた。
「うん。親の働く姿を見るのは子どもにとっては結構大事なんだ。いつも家で見てる「パパ、ママ」とは違う一生懸命な姿や真剣な表情、今まで子どもが知らなかった親の社会人としての顔は少なからず衝撃を与えるし――……でも親が働く姿を子どもに見せられる業種って限られてるだろ?自営業とか接客業とか……」
「なるほど……つまり?」
「だから、莉玖がここに来られる機会は貴重なんだから、ちゃんと仕事してる姿をアピールした方がいいんじゃねえの?莉玖もパパが頑張って仕事してる姿を見たら「パパカッコいい!パパスゴイ!」ってなるかもしれないぞってこと!だけど……そ~んなダラけた姿を見たら幻滅……うわっ!?」
オレが言い終える前に由羅が莉玖を抱っこしたままガバッと起き上がった。
「んん゛!……あ~、池谷、次の書類は!?」
「え?あ、はい。こちらです」
「ふむ……そうだな、これは――」
急に仕事モードになった由羅は、本当に読んでいるのか疑いたくなる速さで書類に目を通すと、池谷に次々と指示を出し始めた。
……ほほぅ……由羅も「パパカッコいい!」って思われたいんですね……
オレは顔がニヤケそうになるのを堪えて由羅に手を伸ばした。
「由羅」
「なんだ?」
「代わるよ。莉玖を抱っこしたままだと仕事できねぇだろ?」
「あぁ……別に書類に目を通すだけだからかまわ……ん?」
由羅は、はたと手を止めると自分の胸元で爆睡している莉玖を二度見した。
「……おい綾乃。莉玖眠ってるぞ!?」
「はあ?何言ってんだよ、莉玖はさっきから眠ってるじゃんか」
一瞬、由羅が何に驚いているのかわからず、オレは首を傾げた。
「……眠っていても「パパカッコいい」ってなるのか?」
「え?そりゃまぁ……パパが働いてる姿を見てないんだから「パパかっこいい!」ってなるわけないよな!アハハハ!」
「……あ~や~のぉ~~?」
由羅が口の端をピクピクさせつつオレの名前を呼んだ。
……あ、やべっ!
「パ、パパカッコいい~!」
「ブハッ!!」
オレがちょっとぶりっ子的仕草で由羅に満面の笑みを返すのと同時に、池谷が盛大に噴き出した――
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