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ここが、スタートライン 6

母はそれだけ言うと立ち上がり 「用はそれだけです。 帰ります」 そう言って帰っていった。 嵐が去ったような気分だ。 あまり長い時間ではなかったが俺には一日のように感じた。 しかし見合いか…。 あまり気は進まないし、俺には涼くんがいるのだが、母がああ言う以上俺に拒否権などない。 我が黒沢家は家長こそ父であるが、家庭内ヒエラルキーの頂点は母である。 父を支え家計を守る母はいわば裏の権力者。 父も頭の上がらない人に俺が敵うはずもない。 学生時代、父に聞いたことがある。 尻に敷かれて嫌ではないのかと。 その時の父は脂下がった顔で 「俺が惚れているんだから仕方ないさ。 惚れた女の尻に敷かれているんだ幸せだろう? それに、あんないい女、世界中探したってあいつだけだよ」と言ったのを覚えている。 当時はよく分からなかったが今なら分かる。 俺も涼くんになら尻に敷かれてもいい。 まだ、恋人でも婚約者でもないが。

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