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バレンタイン編 5

1日を終える頃には黒沢は草臥れていた。 どうしても送り主の分からないものは どうしたものか、と考えていた。 捨てるのは忍びないし、かと言って受け取ってしまえば変に誤解されかねない。 ……持って帰るか……。 致し方ない。 全て断るつもりでいたが、こればかりは仕方ないと黒沢は紙袋に数個入れて部署を出た。 チョコレートの件で滞っていた仕事を片付けていたため、いつもより遅くなってしまい部署には誰も残っていなかった。 廊下に出たところで、瀬名と遭遇した。 「あれ、俊一じゃん! 今帰りー?」 「……はぁ、瀬名。 社内では名前で呼ぶなとあれほど…。まぁ、いい。 お前も今帰りか」 昼間のに加え、帰りに瀬名に会ってしまうとは。 疲れがどっと増した気がした。 「ちょっと、あからさまに嫌な顔しないでよね」 大学からの付き合いとはいえ、瀬名のノリには未だについていけない。 見た目も昔から変わらないが纏う空気感というか雰囲気も変わっていない。 大学生と言われても不思議ではない。 そう言えば彼は怒るだろうが。 「あれ俊一、バレンタインのチョコそれだけ?」 それ、と紙袋を指して聞く。 「ああ」と短く答えると 瀬名は驚きを隠せないように目を丸くした。 信じられないと言うようだ。 「そんなに意外か? いや、全部断ったんだがこれだけは送り主が不明でな」 黒沢がそう説明すると心底意外だという顔で 黒沢を見る。 「む。 なんだその顔は。 俺も落ち着いてきたんだ」 しかし、瀬名はもう興味を無くしたようだ。 「へー。じゃあ、はい。そんな寂しい俊一に俺からあげよう」 「いや、いら」 要らんと断ろうとする前に瀬名は黒沢の持っていた紙袋にそれを入れた。 「おい、こら!勝手に入れるな!」 黒沢が注意する間にもうエントランスへ逃げていた。 「じゃ、俺は帰るよ! いい夜をー!」 ひらひらと手を振りながら去る友人の背中を見送りながら、黒沢は疲れが押し寄せるのを感じた。 早く帰ってしまおう。

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