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バレンタイン編 8

「…っ」 黒沢は息を飲んだ。 据え膳食わぬは何とやら。 「り、涼くん…」 涼の腰に手を伸ばそうとした時 「ふふ、なんてね。 ご飯にするから着替えてきて。………デザートは後で、ね」 パッと離れて行ってしまった。 デザートは後でと言った彼の微笑はとても妖艶だった。 そこからの黒沢は早かった。 さっさと着替えを済ませ、素早く食卓についた。 先程情欲を煽られたのに、お預けを食らっている。 据え膳もとい恋人が目の前に座っていて ソワソワと落ち着かない。 けれど、余裕がないと思われたくはない。 悟られまいと平然を繕った。 涼の作る料理はいつもどれも美味だ。 正式に付き合う前から、黒沢の胃袋は涼に捕まれている。 「美味しい?」 「嗚呼、今日も美味しいよ」 君の料理はいつも美味しい。 そう答えるが正直今はいまいち味が分からない。 いや、確かに美味なのだが それどころではないので味が感じられないのだ。 これではいかんと、水を飲み少し落ち着かせる。 「そういえば、今日はバレンタインだったろう? 店で沢山貰ったのか?」 自分で言ったことだが、少しモヤモヤとする。 彼の職業柄仕方のないことだが 知らぬ相手に醜くも嫉妬してしまう。 彼の恋人は自分だ。 そう言い聞かせて、穏やかな口調を努めた。 「あー、そうだねー。 うん、沢山貰ったよ」 涼は何でもないように答える。 分かっていたことだが少し落ち込む。 「でも、お店に届いた分だけね。 個人的なのは受け取らない主義なんだ」 涼は黒沢を見つめ愛おしそうに微笑んだ。

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