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202x.5.25(1.5h+0.5) 彼の家系への疑問

 313連隊の奴らが兵器連隊と喧嘩になった。吹っかけたのはこちら側だ。お前らなんかジェットブルーのパイロットがせいぜいのフニャチン野郎だと挑発したらしい。それで、向こうのリチャード・ギアもどき達が飛びかかって来たと(正確な文言は聞きそびれた。今日はずっと海兵隊のスタリオンが搬送訓練をしていた)  良く言ったと褒めるべきなのか? 俺の直属の部下だったなら、間違いなく喝采ものだった。けれどいい年こいたおっさんが若者に喧嘩を売るのは、全く馬鹿げている。彼らも二週間の訓練期間外は、殴り合いなど決してせず、オフィスでいいスーツを着て澄ましているのだろう。ここは非日常体験を満喫する為の遊園地じゃない。  今日、電話でマーロンと話していたら、「来月の14日は父親と、その再婚相手に会うから、悪いけど」と言われて、思わず「どうして俺を一緒に連れて行ってくれないんだ?」と口走ってしまった。馬鹿だなと頭を抱えたら、案の定マーロンは「一緒に行きたいのか?」とびっくりした声で返して寄越した。  全く馬鹿げた話だ。彼の父親がホモフォビアの可能性だって十分にあるのだから。こう言う、自分の短慮が本当に嫌になる。  勿論、勤務中は注意を払って、余計なことは口にしないよう気を引き締めている。けれどマーロンの前だと、駄目だ。はしゃいで浮かれて、腹を見せ寝転がる犬みたいになってしまう。  迂闊ついでに聞いたら「そう言う偏見は持っていないと思う」と言っていた。それから少しの沈黙があって、 「お前の事が恥ずかしいとか、そう言う訳じゃないんだ。けれどこれは個人的な、家族の話だから」  俺は彼の家族じゃない。  当たり前過ぎるくらいに当たり前の話だ。それに俺も、そう言った関係を望んでいるかと聞かれると、正直なところ今まで全く想定した事がない。けれどはっきり口にされると、衝撃を受けた。  彼の内側に入れて欲しい、それは間違いない。けれど、その理想型は家族という形では無いように思う。  マーロンは割と複雑な家庭の出身で、だからこそ彼女と共に家族というものを作ることへ心血を注いだ、なんて安っぽい精神分析論をするつもりはない。だけれど、今の彼はとても寂しそうだ。  彼女の死と共に彼の心も一部が大きく抉り取られ、喪われてしまった。そこへ俺はぴったり当てはまることが出来ると思う。  でも、彼女の代わりにされるのは嫌だ。俺を好きになって欲しい。俺を見て、必要なのだと納得して欲しい。俺の中で、既に彼が分かち難いものとなっているように。    それにしても、彼の父親はどんな人だろう。マーロンはタイガー・ウッズのように、色々な人種のカクテルだ。お母さんはハワイ生まれで、マーロンも3歳まではあの常夏の島育ちと聞いたから、そっちの血が混じっていることは間違いない。彼自身の苗字はドイツ由来のものらしいが、ならば父親が純粋な白人なのかとなると、断言出来ないところがある。  彼はとても魅力的な容姿をしていると思う。  薄い小麦色の肌。背は高からず低からず、細身だけど締まった身体。柔らかく波打っている黒髪は、実は跳ねっ返りな彼の性格そのもの。伏目がちな黒い瞳は、喋っていると気が無くクールな風で、黙っている時はとても雄弁だ。じっと見つめられると、どうしていいか分からなくなる。  俺は詩人じゃ無いから、上手く表現出来ないのが悔しい。  こうやって彼の姿を脳裏へ描いたとき、いつも考えるんだが、俺は容姿が好きだから彼が好きなんだろうか。それとも彼が好きだから、その容姿も好きになったんだろうか。  どちらでもいい。ルッキズムとか何とか言うけれど、好きな見かけをしている人間に惹かれるのは、当たり前のことじゃないか。それに最初がどうでも、今は彼の身体も魂も何もかもが欲しい。  別にマーロンの父親の祖父が、蛸みたいな見かけをした紫色の火星人でも、全然問題ない。親父やお袋はたまげるだろうけど。  俺が両親へ彼を紹介出来ないのに、俺は彼の親に会いたがるのは、我儘なのかもしれない。でも、彼のことは何でも知りたい。俺が電話をしながら、彼との会話の中で気になったことをメモして、後から調べているのだと彼は知らないだろう。知ったら嫌がるだろうか。それとも俺の無知さに呆れるか。    優しいマーロンのこと、きっと苦笑しながら許してくれるだろう。俺が好きな、ちょっと情けない感じのする、ぎこちない苦笑いで。  今も根気よくせがんだら、彼は考えて、「俺の父親の姿が見たいって事なら、レストランで待ってたら?」と提案を。カジュアルな店らしいし、テーブル席の近くにバーもあるという事だ。  まるでスパイ映画みたいだ。彼と二人でたくらむ悪事。善行を施すより、余程わくわくするのは何故だろう。  飽きたら彼の家で待っていても良いと言われた。なら夜が明けるまで、色々話そう。昼の分を取り返す事が出来るまで。きっと彼は不機嫌な顔をしているだろうけれど、俺なら安らぎを与えられる。  計画を練るのが楽しくて、その後も話は弾みに弾んだ。当日何か目印になるものを持って行くか、それとも彼が店に入ってきたら、わざと酒を注文しようか。合言葉はラムパンチ。アイデアを聞いたマーロンは、珍しくけらけらと、吸っていたパイプ煙草に咽せるほど笑っていた。「頼むから飲み慣れない酒で酔い潰れたり、ズボンのポケットから黄色いハンカチを出してたりしないでくれよ」と軽口を叩いた位だ。    楽しみが増えた。人生はこうやって良くなっていく。  今も、店のホームページを眺めている。カジュアル? そこそこ老舗で洒落ているように思える。マーロンは芸能畑の人間だけあって、良い店をよく知っている。センスもいい。  いつかマーロンと二人で行けたらいいのに。  また「連れて行って」か。嫌になるな。

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