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202x.6.5(2h) 『イン・タッチ』の写真

 ジム・ヘイデンはナッティ・レデラーの熱狂的なファンで、彼女の記事をスクラップして保存する。(この時代に、だ)サーティス大佐が女性用にと食堂に寄贈してくれている雑誌から時々勝手に切り抜いている犯人は奴だ。バレたら袋叩きにされるだろう。  一昨日の昼も、到着したばかりの雑誌を破り取って悦に入っていたから、いつも通り皆でからかっていた。ジムが怒りながら隠そうとしたページを取り上げて目を通したら、心臓が止まりそうになった。写真の中にマーロンがいる!!  記事の内容は、ナッティの12歳の娘が勝手に親の車を運転して、近所の老婆を轢き殺しかけた上、飼い犬を撥ねた事件の続報だった。少女はオピオイド中毒を克服する為、メリーランドにある厳しい矯正施設へ入ることになったそうだ。  扇情的な論調に添付されている写真は、マンハッタンのフラットから施設へ向かう為、フォルクスワーゲンの新車に乗り込もうとする彼女らの姿を隠し撮りしたものだった。パーカーのフードを目深に被り、今にも泣きそうな顔で俯いている娘、荷物を詰めてあるのだろう巨大なダッフルバッグを肩にかけ、やつれ切った顔で娘へ乗車を促すナッティ。そして写真の右端で今にも見切れそうなマーロンが。  それから交わした会話について、はっきり覚えていない。口を動かしながら、手はスマートフォンを引っ張り出し、アマゾンのサイトを開いていた。  で、さっき部屋に戻ったら、注文した『イン・タッチ』が到着していた。ページを繰って確認したが、幻覚じゃなかった。該当のページで、マーロンはばっちりパパラッチされている。  一体どういう訳だろう。彼はナッティのマネージメントなど担当していない。  あの若さだが、業界じゃマーロンは中堅と呼べる位置づけにいるらしい。俺でも知っている有名どころを3、4人クライアントに持っているし、若手の発掘にも余念がない。多忙の合間を縫ってオフ・ブロードウェイ巡りを欠かさず、大学の演劇部にまで足を運ぶ。ニューヨークのマネージャーはハリウッドの人種に比べて、フットワークと教養、そして洗練された審美眼が必要なんだそうだ。  写真の中のマーロンは、いかにも辣腕マネージャーと言った面持ち。張り詰めた表情で周囲に目を配りながら、右手を半分開いた運転席のドアに掛けている。左手にはスマートフォンが握られ、たった今通話を終えたばかりのように、耳から離れて行こうと宙に浮いていた。少し逸らされた顔の角度が、またとてもハンサムに見える。胴体はドアに遮られてほとんど見えないが、恐らく俺が好きなネイビーのスーツを着ているのだろう。決まっている、まるで彼自身も俳優のようだ。  個人的な知り合いだという線も否定できない。けれどこの、ピリッとした雰囲気は、何となく業務として彼女らへ付き添っているんじゃ無いかと思えた。まさか、そんなプライベートに付き合う程親しい訳が。  確かにナッティはかなりの美人で、良い人らしいけれど。  ノートを調べてみた。恐らくだが、マーロンとナッティを結ぶ線が見つかった。  マーロンの親友で仕事も一緒にしている、UTAのエージェントのテン・コティーズは、ナッティをクライアントに持っている。  それにテンが同じく仕事を引き受けているビリー・マクギーは、マーロンの一番のお得意様でもあり、ナッティと同時期にSNLでレギュラーだったことがある。   つまり、可能性として想定できるのは ①ナッティ→ビリー→テン→マーロン ②ナッティ→テン→ビリー→マーロン  或いはもっと直接的に ③ ナッティ→ビリー→マーロン ④ ナッティ→テン→マーロン  もしくはビリーとテンのどちらかがナッティに相談を受けてからの、共謀説もありうる。要するに ⑤ナッティ→ビリー+テン→マーロン    勿論、上記に当てはまらない、別の繋がりを持っているのかも知れない。だが取り敢えずあながち唐突な関係ではないようで、ほっとした。  それにしても、この写真のマーロンはかっこいい。仕事の時はこんなにもキリッとした表情をしているのか。見惚れてしまう。  思えば初めて会った時の彼も、仕事モードの顔だった。移転したばかりのキャンプ・ハンフリーズ、USO(米国慰問協会)主催の鑑賞会に参加する劇団を迎えた時。魅力的な俳優達が沢山いたにも関わらず、マーロンがこちらへ歩み寄り、話しかけて来た時、俺はとてつもない親しみを感じた。彼の第一声のディテールは覚えていないが、確か俳優が飛行機に酔ってしまったから、投宿先へ到着次第すぐ、横になれる場所を確保して欲しいと言った内容だったはずだ。  あの時は、これが恋だなんて、或いはいずれ恋に変わるなんて、思いも寄らなかった。  それにしても、ゴシップ誌に写真を撮られるなんて、まるでセレブのようだ。マーロンが天上で生きているのだと言うことを、今更ながら実感する。俺とは住む世界が全く違うのは寂しいような、誇らしいような。  いつかは、ここに写っているのは俺の好きな人だぞ、と基地の仲間に自慢してまわる事が出来る日が来るのだろうか。  無理だろう。それが別に悲しいとは思わない。  記事はノートに貼る真似こそ流石にしないが、雑誌ごと取っておこう。  ここのところ電話しても時間が合わなくて殆ど話が出来ない。寂しいから、ページを開いて枕の下に敷いておく。こうすれば彼の夢を見られるかもしれない。女の子みたいに感傷的な真似だと、笑いたくば笑え。どんな形でもいい、彼に会いたい。  俺達に散々冷やかされたジムは、すっかりふてくされた顔で、写真に書き込みをしていた。憔悴したナッティの顔の横に「俺は応援しているぞ、ナッティ」と。  ジムがナッティを応援している以上に、俺はマーロンが好きなのに。どうして愛情の比重が少ないジムはあんなに楽しそうで、こんなにも強く想っている俺の方が辛い思いをしているんだろう。  写真に書き込むのは何だか勿体無いような、気恥ずかしいような気がするから、ここに書いておく。  マーロン、愛してる、愛してる、愛してる。何があっても、俺だけはあんたの味方だ。

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